第5話 朝と記憶ない友人

「とうとう買ってしまった…」


その日の夜、俺は買った下着を部屋で綺麗に並べて1人、唸っていた。

もしこれが男だとしたら、ただの変態野郎に見えるだろう。ピンクに薄緑、黄色と明るい色合いで揃えた下着、サイズは別として購入した物の色合いを見ていると年相応な気がしてくる。


「とりあえず明日は黄色にしようかな…あー、青とかもよかったかも」


「なーに、ブラを見ながらブツブツ呟いているのよ。変態みたいよ?」


勢いよく声がした方に顔を向ける。

そこにいたのは普段使用しているコンタクトレンズを外し、眼鏡姿になっていた所謂、OFF状態の真依姉さんが立っていた。


「……びっくりするからノックしてよ」


「ノックしたら驚かせることができないじゃない。それより、可愛いの買ってきたわね〜」


この姉は…プライバシーを理解していないのか…

部屋に入るときはノックをしなさいと母さんに何度も教え込まれたはずなのに、その教えを忘れてしまったというのだろうか。


そんな事を知らずに自分の部屋かのようなにベッドに腰掛け広げた下着を確認する。

先程から「ふーん…」や「へぇ〜」と聞こえるのはなぜだろうか、俺がこういったデザインや色の下着を購入したことに対して何を思っているのだろう…なぜか途端に恥ずかしくなる。


「奏ってこうゆう色合いが好きなのね、意外だわ。モダンな無彩色の方が好きな印象があったんだけど」


確かに男だった時の俺の服装は白と黒を合わせたシンプルなコーデだった。

俺自身、その服装が好きだったし今回も同じ色を買おうと思ったが、ここである助言が絡んでくる。


「欲しかったけど、その色は透けるって言われたからさ。じゃあシンプルな色のやつを買おうと思って」


初めは白が透けるなんて考えもしなかった。

黒は確かにワイシャツと合わせれば目立つ色だろうと思っていたが、まさか白色は所謂、白透けという作用でカップの大きさが見えてしまうなんて事があるらしい。

元男であるが故そんな事も分からず店員やクラスメイトの助言を聞いて買う物は慎重に選んだつもりだった。


「まぁ、これから買い揃えなさい。もし、コーデで頭を悩ますようなら私が教えてあげるから。せっかく女子になったんだし少しは楽しんだほうがいいわよ?」


たしかにこんな経験なんて、それこそ漫画の世界クラスなのだ。一生に一度あるかないかレベルではない。現世のバクのようなものだろう。

それに当選した俺は確かであるが、楽しく暮らしている。初日はどうなる事かと頭を抱えていたが、それも杞憂に終わり今となっては、女子会を開いて遊びに行くことや男ならほぼ買わないであろう、女性用下着まで購入しているのだ。存分に満喫している。


「それじゃあおやすみなさい、勝手に入ってきて悪かったわね。その下着、明日ちゃんとつけていくのよ」


そういって姉さんは部屋を後にした。並べられた下着に目を移す。いざ着けるとなると少し勇気が必要だった。


「女の子らしくピンクにするか…」


⭐︎⭐︎⭐︎


「でー、昨日は女子3人と買い物行ったんだって?何買ったんだよ〜?」


「涼太、あまりそういう事を聞くなよ…ていうか、あらかじめ千冬に言われたんだろ」


朝、学校に向かう途中の駅で出会ったのは、男である友人の根岸涼太だった。

190cmに迫るほどの長身を持つバスケ部で学校全体を見渡しても一番の長身を持っている。


(ちなみに男だった頃の俺は平均身長)


見た目は少しチャラそうな雰囲気を持ち、耳にはピアスを開けている。髪だって運動部の中では長い方の髪、一見したら怖い印象を持つだろうが彼は少し違っていた。

一年から知り合いだった自分としては、今でこそ怖い印象はないが、確かに当時はその考えを持ち合わせていた。

けれど話していくうちに彼の素性かわ分かるようになってくる。


彼はスポーツバカ真っしぐらでテントの点数はいつも赤点ギリギリ。それに男だった俺が、女子になった事にすぐ順応したのは意外にも涼太だった。

持ち前の楽観主義からか、出会った直後は皆と同じく驚いていたがすぐに切り替えて『両方の人生楽しめるとか最高じゃん』とか言ったらしく女子陣2人はその腰の骨をおるような話し方で、前へ進むことが出来たのだとか。


「ブラジャーでしょ!やっぱり!どんなの買ったん?」


「…俺さ、女になって思ったんだけどそう言うことを言う人って結構キモいんだな」


デリカリーのない奴だが、これでも親友だ。一緒にいて退屈する事はなかった。


「あ、そういえば今日って体育があるんだっけ。男子はサッカーで女子はちなみに何をやんの?」


「えーっと、たしかバスケだったはず」


昨日の食事の際に、女性陣から色々と聞かされることがあった。スカートのインナーを気をつけた方がいい。スパッツを履くことや夏場は汗臭くなるので、制汗で匂いのキツくない物を買った方がいい、など女子が普段から気をつけていることを教わったのを思い出す。


『とくにこれから暑くなるから匂い対策はマジで大事だよ。制汗スプレーもいいけど、ドライシャンプーとかもあったほうがいいかもね』


『プールも始まるしさ、ムダ毛も処理しないと…あ、生理とかもさ』


・・・今思えば、かなり生々しい事を話していたような気がする。女子の下ネタ会話は男子とは別ジャンルに思えてきて、より性への話というか何というか具体的過ぎた。


「なぁ、やっぱり胸出してサイズ測ったのか?教えてくれって!」


「お前少しは黙っててくれよ…」


きっと朝からこんなにも馬鹿騒ぎしている男女はこの2人だけだろう、校舎が見えてきて同じ制服に身を包んだ生徒もチラホラ見えるようになってきた。そんな馬鹿話の中、後ろから声をかけられる。


「うーっす、おはよ。相変わらず仲良いなお前ら」


背丈は根岸より小さいが厚みのある体に短髪なヘアスタイル、二の腕や顔が程よく焼けている彼の名前は伊崎國巳(くにみ)

同じ2年生であり進級と同時にクラスが離れてしまった友人だ。今日もテニス部の活動があるのだろうか、肩にラケットバックを背負っている。


「おー、伊崎!久しぶりじゃん。今日も部活なんだ」


「おはよー涼太、奏。相変わらず元気だなぁお前ら」


クラスが離れてメールぐらいしかやりとりをしていなかったが、相変わらず落ち着いており同い年には見えない。そんな彼は俺が元男だということを知らなかった。友人の中で唯一であり、彼の記憶上では俺は昔から女になっている。


「それより、お前は力強いんだから華奢な体格な相手だと痣できるからな」


「はいよー、少し控えまーす」


適当に返事をした涼太を伊崎は肘で突く。その光景が懐かしくて混ざりたいのにそれができないのが少し寂しい。


「それじゃあな。あ、奏!バスケ頑張れよー」


そういって彼は先に校舎に向かっていった。

彼の背中を見ると男3人で馬鹿騒ぎしていた昔が、ありもしない記憶となっていると思うと寂しさが募ってくる。


そんな朝の日常は、少し憂鬱に感じた。

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