第2話 誤解と夕焼け

「つ、つまり朝起きたら女の子になってた、というわけってこと…?」


「まぁ理解できないのも分からなくないけどさ、俺も何が何だかなんだよね」


その日の昼、俺は雫に改めて説明するために校舎の中庭でお昼ご飯を食べていた。朝に比べてだいぶ落ち着きは取り戻しているが、未だに信じられないだろう。昨日までイチャイチャしていた彼氏が翌日、女の子になっているのだから彼女の反応は正しい。


「色々と質問して奏と私にしか分からない事も答えられたから、一応信じるけどやっぱり今すぐには信じられないよ…」


「そりゃそうだよ、俺だって今朝方の事だし。俺より先に納得されたら逆に怖くなる」


落ち着いて話しているが俺だって、ほんとついさっきの話なのだ。詳しく説明できる事が凄いことだと褒めてほしい。

しかし、学校に来てからが色々と大変だった。まさか、数人も男だった記憶があるとは…



教室を開けていつものように挨拶をする。ほとんどのメンツが挨拶を返す中で、榎本莉絵(りえ)・華葉(かよう)千冬・根岸涼太の親友3人は?マークを浮かべてこちらを眺めている。自席につき鞄を下ろすと榎本から話しかけてきた。


「あの、クラス間違えてませんか?ここは他の生徒の席なんですけど」


(またか…言葉で言っても分からないだろうし。あ、そうだ)


鞄から生徒手帳を取り出し、自分の名前が書かれてるページを見せる。


「奏だよ・・・おはよー!」


「「「は!?」」」


⭐︎⭐︎⭐︎


「朝からパニックだったよ、今思えばさ」


「だよね、莉絵ちゃん達もまさか奏が女の子になるなんて思いもしなかったと思うし」


「アイツら、他の奴が何にも疑っていなくて授業に集中出来なかったらしいからね、それだけ刺激的すぎたのかな」


「現代社会じゃ、まずあり得ないことだもん。しょーがないよ」


それから3人からの質問責めを受けることになり、1人になれる時間というのは授業中しかないほどだった。

休み時間になれば3人から呼び出されて「いつから?」「なんで皆んなは知らないの?」なんて止まない質問責め。多分、周りにいた他の人からしたら何をしているのだろう?と疑問に思うかもしれない。

けれど昨日まであったものが急に変化したら必然なのかもしれない。周りとの反応を見比べて自分たちがおかしいのか混乱するだろうし最悪の場合、脳が処理しきれなくて倒れるだろう。漫画のような内容が現実世界に再現されて同じような反応は難しいのだと実感する。


「もうそろお昼の時間終わるな、教室に戻りたくねぇ~」


「まぁ友達からそういった反応されるとね、あれだったら早退でもすれば?」


「それはなんか嫌だ、身体は何ともないし」


体調等は何にも問題ないし、食欲だってある。唯一、性別が変わってしんどいと感じることがあるとすれば、朝から肩こりが男の時よりしんどいぐらいだった。普通に歩いていても、肩の筋が張っている感じがしてどうにもなれない。


(それとなんか男子の視線を感じるな、、、見られている感じってこんな感じなんだ)


男だったときの可愛い人を見かけたら視線で追かけていたことをふと思い出す。

顔が可愛い人・胸が大きい人・スカートが短い人・お尻が程よい人など眺めた数はきっと100人は超えているだろう。

今思うと、年頃の男子とはいえ邪な思いが多く恥ずかしくなる。


(男に戻ったら反省して控えないとぁ・・・)


「奏、大丈夫?もう戻るの?」


「ん、大丈夫。女子って大変なんだなって思っただけだよ」


雫は意味を分かっていなそうな表情をしていたが、きっと男になったらこの意味が分かるようになるだろう。そんな未来は来ないでほしいが・・・


☆☆☆


昼食後の授業は暖かい5月の陽気のおかげか、全く頭に入ってこなかった。

日本史の先生が教科書に書かれている一文を読んで所々で解説を入れている。確か鎌倉時代の内容だったような気がするが、今はノートに書く気力さえ湧き出てこない。

授業に全くやる気が起きず、眠たい目を凝らして友人の様子をうかがう。

3人とも真面目に黒板の文字をノートに書きこんでいるようだが、ただ一人、勉強嫌いな根岸涼太に関しては真面目にノートを取っているように見えるが、睡魔の海に漕ぎ出す一歩手前の状態だろう。

先ほどから不規則に頭が揺れているのがわかる。ノートに書かれている内容もミミズがいっぱいだろう。


そんな男女の関係ではなく、心から許した友人をみてふと、思った事があった。


(あいつらと友達じゃなくなくなるのかなぁ・・・)


今朝の出来事を思い出す。

一年からの友人として付き合いの長い三人から拒絶されたような感覚は少なからずショックだった。

性別が変わっただけで、俺の存在を否定されたような感覚、忘れてほしくない人達に忘れ去られた虚しさ、気丈に振る舞っていてもガツンと大きな痛みが、心には響いていた。



気がつくと歴史の授業は終わっておりいつの間にか放課後を迎えていた。寝てはいないと思うが、ノートは途中から真っ白な状態で頭には何一つ内容が入っていない。

榎本たちに声を掛けてノートを写させてもらおうか。いや、きっと拒絶されるのがオチだろう。他のクラスメイトにノートを写させてもらうことにするか、なんて考えているとクラスには殆ど人がいない状態だった。


(また今度にするか・・・もう帰ろう)


今日は部活は休み、本当なら榎本たちと遊びに行く約束をしていたが、その予定はなくなっただろう。

バックを持ち昇降口まで向かう。いつも歩く校舎もゆっくりと歩いてみると景色が違うことに気付く。背が低くなったことで見える景色が違ってきて、少し背伸びをしないと見えないことが多かった。


下駄箱に着き靴を履き替える、その時後ろから声を掛けられた。そこにいたのはもう帰ったはずの榎本、千冬、涼太がいた。


「あれ、もう帰ったんじゃなかったの」


「・・・約束したじゃん。今日の放課後、遊びに行くってさ」


「先に帰るわけないだろ、てか奏が遅いんだよ!」


「早く行こうよ、奏ちゃん!」


そうか友達なんだ。

勝手に思い込んでいた、自分を取り巻く人間関係が変わってしまったような気がして


彼女たちに呼ばれて輪の中に入る、今日初めて心から笑えた気がした。


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