第2話 第二のモノノケ
「…んー」
「幽恋、おはよう」
カーテンの隙間から日光が差し込む。目を開けると女の顔が視界に映る。
「おはよう、八尺様」
実家に帰ったとき昔のトラウマである八尺様と再会した。しかし今は俺の家で共に暮らしている。
「起きるか」
「そうだね」
俺が体を起こすと八尺様も一緒に起き上がる。
「にしてもそれ、寝づらくねぇか?」
「え?」
俺は八尺様の来ているワンピースを指差す。
「起きてるときも寝てるときもワンピースだからさ」
起きてるときにワンピースは違和感ないが寝るときにワンピースは変だろう。女子との関わりが少ないから分からないがな。
「でもこれしかないし。…逆に私に合うサイズの服あると思う?」
確かに八尺様は体が大きい。女物でここまで大きな衣服は見たことないな。
「そういえばずっと同じやつ着てるように見えるけど、そのワンピース洗濯してる?」
八尺様と生活しはじめて数日。独り暮らしではありえなかった日常の話し相手。それによって賑やかになった。まぁ食費も多少増えるが。
その中で俺は八尺様のワンピースを洗濯した記憶がない。だから聞いてみた。
「それに関しては大丈夫だよ。これ私の妖力で出来てるから。洗濯する必要ないよ」
「ほえー」
便利なこった、妖怪は。妖力言ってる時点でこいつは妖怪の類いだと改めて実感する。
軽い会話を交わしながら寝室を出て、朝食の準備をする。
「今日からバイトが始まるから留守番よろしくな」
「そうなの?」
料理をする八尺様に食器を出しながらそう切り出す。
「盆休みも終わったからな。毎日というわけじゃあないから大丈夫だ」
「いつごろ?今すぐだったら急いで準備するよ」
「急がんでいいよ。今日の夜だから」
「ならよかった」
そこから少しして朝食が出来、二人で食べ始める。八尺様がこの家に来た時に分かったのは俺より断然料理がうまい。だから料理は八尺様に任せることにした。
「いつ頃に行くの?」
「ん?」
旨いなーとか思いながら朝食を食べていると八尺様が聞いてきた。バイトの事だろう。
「5時から11時まで。この時間が忙しいからちょっと給料増やして貰えるんだ」
「5時からってことは…」
「ちと夜飯早く食うけど大丈夫だよな?」
「大丈夫だよ」
「これからはちょこちょこ家を空けるが許してくれ」
「わかった」
八尺様の了解も得たから安心していけるな。
そこからは普通の雑談をしながら飯を食べ終わった。
「今日はどうするかねぇ」
食べ終わった食器を洗いながら考える。ここ数日は人間生活を教えてきた。料理とかの基本的な家事はできる。読み書きもできた。しかし機械が使えない。スマホを見せると目を丸くしていた。後々連絡取れるようにスマホを渡そうと考えていたが…まだかかりそうだと思った。
「じゃあ一緒に出掛けよ。そろそろ街を色々見たい」
テレビを見ていた八尺様から提案が飛んできた。
「あー…マジっすか」
俺がなぜこうも渋るかは理由がある。
実家から帰るときの周囲の反応が凄かった。メチャクチャ注目を浴びたので面倒事にも巻き込まれやすいだろう。まぁ八尺様ならなんとかなりそうだが…。
「ねぇ、やっぱり駄目?」
「うっ…」
俺は八尺様のこの空気に弱い。この頼み込む姿勢をされると怯んでしまう。
何とか負けないように強い姿勢を取り繕うとするが
「…分かった。行こう」
結局負けてしまった。後ろでは八尺様がいい笑顔で喜んでいる。
こうも喜ばれるのを見るとここ数日拒否してきたのが申し訳なくなった。
「じゃあ皿洗ってちと休憩したら行くか」
「分かった。何か準備しておくものある?」
「いや別に。金は俺が持ってるし、八尺様はまだ私物って言うのは何も持ってないだろ」
「そうだね。出掛けた時に何か買ってもいい?」
「まぁそんな高いもんじゃなかったらな」
この会話、小さい頃の俺に似ている。母親が俺がどこかに買い物に行くときは必ずついて行って、何か買って貰っていた記憶がある。
「そういえばさ」
「ん?」
「私の呼び方変えない?」
「へ?」
皿を洗い終わりタオルで手を拭いていると、いきなりそう言われて、変な声が出る。
「どうしてだ?」
「だって確かに私は世で言う八尺様っていう存在だけどさ、毎回八尺様って呼ぶの他人行儀な感じがするし面倒じゃない?」
「あー」
「だからなんか言いやすい呼び方考えない?」
「んー、でも八尺様は八尺様だしな…」
突然言われてもいい案が思いつかないというのもあるが…別に俺は面倒だとは思ってないんだよな。
「幽恋がいいならいいけど、外で毎回八尺様って私のこと呼ぶの?」
「…あー、まぁ確かに」
確かに街中で八尺様って呼ぶのは変か。他人から見たらどう映るか分からないが客観視違和感がある。
まぁ今の時代、コスプレした人や華美な服装の人が普通に闊歩しているからな。八尺様もそれの類だと思われる可能性が高い。
「でも他の呼び方か…あんまり思いつかないんだよな」
「私も」
いい名前がないか少し考えてみる。出来るだけ八尺様っていう雰囲気からは外したくないよな。…仮にも名前だし。
いろいろ考えて一つ思いついた。
「若干ダサいかもしれんが、
「はちか?」
「あぁ。漢数字の『
「それが呼びやすいならいいけど…どうやって思いついたの?」
「『八尺様』っていうところから派生して、そのまま『八』を持ってきて、『様』をサマーに変換して『夏』にした。八尺様の服は夏感満載だし丁度いいかと思ったが」
我ながら単純だと思うが、これ以上は思いつかない。
「嫌じゃないか?」
「私は別にいいよ。じゃあ外では八夏って呼ぶこと」
「あぁ」
そんなこんなしていい感じに時間も経ったので外に行く意を伝えて準備を始めた。
この時テレビ点けながら準備をしていた。
『ここ最近赤い衣服に身を包んだ女性に口を裂かれるという事件が多発しています。被害者の多数は10代から30歳代で、被害時刻のほとんどが午後11時頃とされ…』
このあまり聞かないニュースを自室で着替えていた俺は聞き逃していた。
「改めてみるとすごいね…」
八尺様…もとい八夏は街の建物を見上げて言葉をこぼす。事実、八夏がいた俺の地元はここと比べると田舎と言っても差し支えない。
「そうだな…」
俺も同じように驚きの声をこぼすが、建物に対してではない。八夏に対してである。
改めて思うが、八尺様という存在であるため背が大きい。家だと部屋の移動の時に屈まないと頭をぶつけそうになる。街にいる誰よりも大きいのでやはり目立っている。
「…とりまぶらつくか。なんか欲しいものがあれば言えよ」
「うん」
そうして歩き始めるが…八夏は周囲をきょろきょろしながら歩いているので、体格と服装も相まって注目を浴びまくっている。
それと同時に隣を歩く俺にも少なからず視線が飛んでくるわけで…まぁ八夏は気にも留めていないが。
「あ、あそこ行ってみたい」
八夏が指差す方向は『スーツバックスティー』と書かれた看板の店だ。
よく若い女性が行くと聞くが、俺は行ったことはない。友達がネットに写真を挙げていたが、あんまり美味しそうには見えなかった。(個人的意見)
ただ八夏が行きたいというのであれば行くしかない。
「分かった。行こう」
「…高かった」
想像以上に高かった。話に聞いていたよりも。あの一杯で漫画一冊分は消し飛ぶのか…もう行きたくはないな。
「結構おいしかったね。ありがとう幽恋」
「…あぁ。お気に召したようで何よりだ」
こいつは気に入ったようだ。…これで常連になってほしくはないな。俺の出費が増える。
「幽恋、次はあそこ行こう!」
「おわっ。ま、待て…」
腕を引かれ八夏の行きたいところに向かっていった。
「…そろそろ帰るか」
俺はそう切り出し八夏を止める。
「楽しかった。今日はありがとう」
かなりのところ見て回り食べたり買ったりした。…想像以上に出費が出てしまった。まぁ日頃、服やら飯を節約して趣味に回せるようにしていたのでそっちの貯金から出せばいいか。
「…ん?」
暗くなってきた自宅への道を八夏と歩いていたら、視線を感じた。
「どうしたの?」
気になって振り返ったので、八夏が疑問をかけてくる。
「あぁ何でもないよ」
振り返った時は視線を感じなかったが、また前に向いて歩きだすと視線を感じる。
八夏を心配させないため気のせいということにしておいた。
「じゃあ行ってくるよ」
「うん、気を付けてね」
八尺様に別れを告げ、家を出る。
いつもであれば、見送ってくれる人はいないが今はいる。
それだけで無事に帰ろうと思える。
「…」
少し暗くなってきた道を歩く。…少し視線を感じながら。
カツッ
「…」
ヒールの音が静かに響く。…絶対に誰かがいる。
カツッ カツッ
「…誰だ?」
後ろを振り向くと、やはり誰もいない。
気配も消え、視線もなくなる。
気にしすぎだということにして俺は職場の居酒屋まで急いだ。
「幽恋!2番テーブル空いたぞ!」
「了解です!」
店長の指示に従い空いた席をすぐに片付ける。
この時間帯は仕事終わりの会社員が多く来るので非常に忙しい。それでも給料は良いし、おっさんたちの話を聞くのは意外と楽しかったりもする。
…たまに酔いすぎた奴の対応は面倒だが。
「次は5番テーブルだ!急げ!」
「了解です!」
絶え間なく注文と片付けをするので息つく暇はない。
「お疲れさまだ。今日もよく働いてくれたな、幽恋」
「疲れましたよ」
店も閉店時間となり、客が帰る。
後片付けをしていると、店長から労いの言葉をかけられる。
「この時間帯に若い奴が入ってくれるのは助かるからな。金は少し多くしてやるよ」
「どもっす」
この人は意外と太っ腹なのでよくボーナスしてくれる。かなり助けられている。
だから俺はしっかりと仕事をしている。
「そろそろ帰ります」
「お?今日は賄い食っていかんのか?」
「はい。ちょっといろいろあるので」
俺が理由を言うと店長は少し笑い。
「もしや、女だな?」
「は?」
半分間違っていないことを言い当てられてしまったので思わず驚きの声が出てしまう。
「お前さん、まだ高校生だろ?夜に女を連れ込むのはどうかと思うぞ?」
「違いますよ。普通に用事があるんですよ」
「そうかい。気をつけて帰りな」
「はい。お疲れさまでした」
そうして俺は店を出た。
「…」
帰り道、店から離れ家まであと半分ほどのところでまた視線を感じる。
カツッ
「…」
また店に行くまでに聞こえてきた足音が鳴る。これは…ヒール?
カツッ カツッ
「…」
既に俺の背後まで聞こえている足音。
恐怖心が俺を染めていく。
本当なら振り向きたい。
だが先程は振り向くと消えていた。
だからギリギリまで耐える。
この正体を知るために。
カツッ カツッ カッ
「…っ!?」
俺のすぐ後ろまで足音が聞こえた瞬間、肩を掴まれる。
それに反応して後ろを振り向く。
そこにはマスクをつけた女性が立っていた。
赤いロングコートを着ていてどこか不気味だ。
「な、なんですか?」
俺がそう聞くと
「私、綺麗?」
と、返事をされた。
「え?」
「私、綺麗?」
訳が分からず疑問の声を上がるとまた同じ問いが来た。
…どこかで聞いたことがあるな、この状況。
「少し待ってくれ」
「…え?」
俺が制止をかけると、女性からは驚きの声が聞こえる。
だがそれを無視して、女性の全身を注視する。
マスクをつけていて、顔の全体はわからないが形は綺麗な気がする。
ロングコートを着ているので細かくは分からないが、スタイルは良いと思う。
「うん。よく考えた結果、綺麗だと思う」
「え、あ、そう」
親指を立て誉めると、少し戸惑った様子を見せる女性。
…俺の予想が当たっていれば、次にお前はこう言うだろう。
「ならばこれでもか!」
「ならばこれでもか、だろ?」
「…なっ!?」
俺は女性が言うだろうと予想した言葉を合わせて言う。すると女性は着けていたマスクをはずしながらも驚いていた。
「…やっぱりな」
マスクのはずされた女性の顔を見て俺は呟く。その顔…いや口は裂けていた。
「…あんた、『口裂け女』だろ?」
俺は核心をついた問いを投げる。
…口裂け女。
八尺様と同じで都市伝説に出てくる妖怪。
『私、綺麗?』と聞いてきては『はい』だろうが『いいえ』だろうがなんて答えようとも、手に持つ鎌でこちらの口を裂いてくる。危険な妖怪。
事実こいつもどこから出したのか分からないが、手に鎌を持っている。
弱点は『ポマード』と言うことだと聞いたことがあるが…
「俺は綺麗だと思うよ」
「…え?」
「別に口が裂けていようと、俺は気にしない」
なんとなく褒めてみる。ネットにある情報には無い行動をとってみようという、謎の好奇心が俺を動かしている。
「俺は見た目より中身派だから」
まぁえげつないくらい容姿が酷いと、流石に受け付けづらい可能性があるけど…別に口が裂けているくらいなら気にしない。
「ちょ、調子に乗らないで!」
「やっべ…」
顔が少し赤い、口裂け女は手に持った鎌を振り上げる。その先は俺の方に向いていた。
「これを綺麗だと思うんなら、あんたも口を裂いてあげるわ!」
「くっ…」
振り下ろされた鎌を防ぐように腕で顔を覆う。まずい…下手なことした。
「…ん?」
俺は鎌が当たると思ったが、一向に当たる気配がないので目を開けるすると…
「あっぶな…」
そこには俺を庇い、鎌を防ぐ白いワンピース。これは…
「八尺様!?」
そう、家にいるはずの八尺様が鎌を受けていた。
「無事でよかった」
「おま…大丈夫か!?」
八尺様は俺を庇っているので、背で鎌を受けてしまっている。
「大丈夫だよ。私、妖怪だし」
「そ、そういうものなのか」
大丈夫ならいいんだが…
「あんた何者?」
「そう言うあなたは?私の大事な幽恋に何しようとしていたの?」
バチバチと睨み合う妖怪二人。まさに一触即発。なんとも変な光景だ。
「まぁまぁ一旦落ち着けって」
俺が二人を止めようとすると
「幽恋は待ってて」
「あんたは黙ってなさい」
「あ…はい…」
俺が黙らされてしまった。…こえぇ…妖怪二人。
「幽恋に危害を加えようとしたあなたは敵。消えてもらう」
「あんたの気配、人間ではないわね。なんで妖怪が人間と馴れ合っているのよ」
「私は幽恋の恋人。そこに種族の差はない」
「人間は私達の養分でしょう?人間の恐怖こそあたし達の至福なのに、何を言っているの?」
「そんなの関係ない。私達は愛し合っているもの」
「…あのー」
俺が声をかけても反応はない。
八尺様は何を言ってるんだろうか。別に愛し合っているわけでもないし、恋人でもない。
「大体なんで幽恋を狙ったの。他にも人間はいる」
「あんたなら分かるはずよ?」
「えーっと…何だろう。分かんない」
「…あんた本当に妖怪なの?」
妖怪同士の会話にはついていけない。
「あたし達は人間達の噂の規模で強くなれる。そこら辺の酔っぱらいのおっさんなんか襲ったところで噂は広まらない。それに比べてそいつは若い。若いやつほど噂の拡散は早く広い。だから襲う。それ以上の理由がある?」
「そんな理由でっ…」
「…いいわ。そこを退きなさい!」
「きゃっ!」
「八尺様!?」
口裂け女が再度鎌を振りかざす。それを同じように八尺様が受け止めようとしてくれたが吹き飛ばされてしまった。
何が起きているんだ…。
「あんたみたいに妖怪としての強さを理解していないやつがあたしに勝てるわけ無いじゃない」
…なるほど。少し理解してきたぞ。
口避け女は自身の強化のために俺を襲おうとしている。
確かにこの時間帯、そこら辺で酔って千鳥足になっているおっさんと違い俺は素面だ。襲われたら明確に記憶は残るし、現代社会状ネットに発信すると思うだろう。
しかし口避け女にはひとつ誤算がある。
それは俺がSNSをほぼやっていないということだ。襲われたといっても知り合いに言うくらいで留まる。
…まぁそんなことを言っても現状を変えられる気はしない。
「さぁ、その口を裂かせて、せいぜい私を強くしなさい!」
結局打開策が見つからないまま顔を掴まれてしまう。
まずっ…逃げられない。
このままじゃ本当に口を裂かれてしまう。それだけは避けなければ。
しかしこの状況で何が出来る?どう頑張ってもこの手を払うことはできない。
そうこうしている内に鎌は徐々に近づいてくる。
何かしないと…そう考えた俺の口から出た言葉は…
「やっぱり綺麗だよな、その顔」
と、出会った時と同じようなことを言った。
「何を言って…」
「その傷…俺には似合わない。あんただから似合っているんだ」
先程は褒めたら照れていた。しかし攻撃をされた。だが、あれはきっと照れ隠しとしてだ。
だから今度は止まらずに褒め続けてみる。
「正直、『私、綺麗』って聞いてくるのは自分を認めてほしいからだろ?」
「なっ…」
別に世に出ている都市伝説にはそんなことは一切書いていない。
しかし俺はそう思った。
妖怪というのは最初から存在しているわけではない。都市伝説として何者かに語られる。それによって生み出される。
望んでもいない醜いと思える姿で誕生し、恐怖の対象として扱われる。
それはどれだけ悲しいことだろうか。
「俺は本心でお前を綺麗だと思うよ」
「…っ、そんな戯言、誰が信じると」
「別に信じなくてもいいさ。だけど、妖怪の八尺様と共に行動している俺が言うんだ。そこは加味した方が良いんじゃないか?」
俺は怯むことなく、語り続ける。ここで怯んだり怖がってしまったら、自分で言っていることが嘘になる。
そうなると本当に終わりだ。
「いい加減それを消して。幽恋は嘘をつかない」
「八尺様…」
ダウンから復帰した八尺様が俺の傍による。
先程の敵意とは打って変わって、口裂け女にも寄り添うような状態だ。
「あんた…でも、あたしは…」
「信じてくれ。俺はネットに疎いから分かんないけど、さっきの口ぶりから察するに何度か襲っているんだろ?その度に自分の顔を見て怖がられるのは辛いと思う」
「…あ…う」
「何度でもいうよ。口裂け女、俺は綺麗だと思う」
俺は一番気持ちを込めて、口裂け女に言葉をかける。
すると口裂け女は飛びかかってきた。
…え?もしかして失敗した?
俺は半ば痛みを覚悟する。
「うわっ!」
しかし口裂け女からの攻撃はない。むしろ抱きしめられた。
「ど、どうした?」
「…ありがとう」
俺は何が何やら分からなかったが、口裂け女のその返事で理解した。
もう危険はない。
ならこういう時に取るべき行動は…
「…あぁ」
静かに俺も抱きしめる。俺は怖がらない。口裂け女を認めるという意思を伝えるために。
「…ずるい」
「え?」
俺らの行動を傍観していた八尺様が飛びついてきた。
「幽恋はあげない」
「く、苦しい…」
首に八尺様のスラッとした腕が絡みついて呼吸困難に陥る。
「あんた、離れなさいよ」
「無理」
「…妖怪関係なく…死ぬ…」
首元にある八尺様の腕を叩いてギブアップの意を伝える。
「あ、ごめん」
「はぁ、はぁ…死ぬかと…思った」
八尺様の腕が離れ、なんとか空気を肺に取り込む。
口裂け女からの脅威が去ったのに何で死にかけているんだ。
「まぁ、口裂け女よ」
「何?」
「改めて言うんだけどさ。俺らは口裂け女がどんな姿であろうとも受け入れるよ」
「…ありがとう」
口裂け女からの敵意が目から完全に消えた。今は少し涙目ながらもうれしそうだ。
これで一件落着だな。俺も気が抜けたのか腰が抜けかける。
「おっと…」
「大丈夫?」
倒れそうになったところを八尺様に支えてもらう。反応速度すごいな…。
「あの…さ」
「ん?」
一息ついていると口裂け女が声をかけてきた。
「あんたらは一緒に暮らしているの?」
「そうだが…それがどうした?」
「その…あたしも行っていい?」
「…あえ?」
口裂け女の言葉に変な声が出て、八尺様の眉が上がる。
一段落着いたと思いきや、また何やら起きそうだ。
「その…さっき襲った手前、こんなこと言うのは図々しけど…あたしもあんたと一緒にいたい」
先程の様子とは打って変わって、とんでもなくしおらしくなってしまった。
しかし、どうしたものか…俺は別に受けてもいいと思っている。
脅威がなくなってしまったのなら、妖怪はもはや人間と遜色ない。
それは八尺様といることで十分に理解出来た。
だが俺が悩んでいることは、部屋の大きさだ。
今、口裂け女と対面していて分かることは俺よりも体が大きいということ。
八尺様は言うまでもないが大きい。
あの部屋で過ごしていて少し窮屈そうだ。
口裂け女ならそこまではいかないだろうが、如何せんあの部屋は一人暮らし用だ。
二人でも少し手狭なのに三人ともなると大丈夫なものか。
そしてたまに起こる八尺様のハプニングが、口裂け女も追加することでより増加するのではないかとも考えている。
…そうなれば俺の理性がオーバーヒートしてしまう。
それは…まぁ、困る…のか?
そんなこんな長考をしていると
「や、やっぱり駄目か?」
「うぐぅ…」
そんな目で見ないでくれ。
すぐに答えを返さなかった俺も悪いが、とんでもなく申し訳なくなる。
「…俺は、大丈夫だ。悪いなすぐに返事をしなくて」
「何か良くないことがあるの?」
「そのだな…俺んち、狭いんだ。別に来てもらっても良かったんだけど、狭いっていうのがネックになってな。八尺様もいるし三人で暮らすには向いていないというかなんというか」
俺が理由を言った上で、口裂け女は少し考える。すると横にいた八尺様が口を開いた。
「私はヤダ」
と、否定した。
「…八尺様よ。そ、それは」
「だってさっきまでは体に危険が及んでいたんだよ?そんな存在を大事な幽恋の近くに置いておきたくない」
その言葉は怒っているはずなのに、俺の事を思っての事だから何も言えない。
「うぅ…そうよね」
八尺様の意見で口裂け女は完全に萎んでしまった。
しかし、ここで何も言わないのは違う。
確かに先程までは危険だったかもしれない。でも今は違う。そして俺の考え方としては、八尺様といて分かることは妖怪だろうが感覚的には普通の人間と何ら変わらない。
なら俺は…
「待った、八尺様」
「え?」
「なぁ、口裂け女。俺は言った。受け入れるって」
「そ、それは嬉しかったけど…」
「なら決まったな。俺らと一緒に来たいんだろ?いいよ」
「…え?いいの?」
「幽恋、ほんとに?」
俺の決断に口裂け女は嬉しそうな反応をし、八尺様は驚いた。
「悪いな、八尺様。俺の事を思って言ってくれたのは分かるがそれは聞けない」
「でも、もしまた幽恋の身に危険が及んだら…」
「その時はまた守ってくれ。さっきみたいに」
「で、でも…」
八尺様はどうしても賛成できないようだ。
まぁその気持ちも分かる。しかし…
「なぁ、八尺様」
「な、なに?」
「俺はまだお前と過ごしてまだそこまで経っていない。それでも分かることがある」
「…それは?」
「妖怪だろうがなんだろうが普通の人間と遜色無いということだ」
「…」
「一緒に飯を食べ、出掛け、遊び、寝る。見た目が多少違えど根本は変わらない」
「…」
「なら、俺はお前達妖怪とは普通の人間として接したい」
「…」
「だから、口裂け女のことを認めてやってくれ」
俺の説得を聞いた八尺様は、少し考え出した答えは
「…分かった。幽恋がそこまで言うなら信じる」
と、渋々ではあるが返事を返してくれた。
少なからず同じ妖怪である以上分かるところはあるはずと思って言ったが、何とかなったな。
「ということだ。とりあえずよろしくな」
「…っ、ありがとう」
口裂け女はとてもうれしそうだ。
八尺様の心情は複雑なものだろうがここは飲みこんでほしい。
当の俺の考えることは、三人になって暮らすことが出来るかということだ。
「…ここがあんたたちの家?」
「…あぁ」
「…言っていた通り確かに3人では少し狭そうね」
家に帰ってきたときの口裂け女の感想だ。
「文句を言うなら出て行っても良いんだよ?」
「そんなつもりで言ってないわよ」
またも妖怪の口論が始まろうとしている。
「なぁ、一応一緒に暮らすってことになったんだからもうちょっと仲良くなれんのか?」
何とか二人を制止しながらそう言ってみる。
「無理」
「無理ね」
「おぅ、マジか」
即答され俺は肩を落とす。
…この選択が間違っていなかったと願いたい。
「ちなみにどうしてだ?」
「私はまだ許した訳じゃない」
「ただ図体がでかいだけの邪魔物にしか思えない」
「なんだって?」
「なんですって?」
「私の体で幽恋は癒されている。むしろそっちの方がちんちくりんで邪魔くさい」
「うるさいわね。いい加減許しなさいよ。言ったわよね。もう危害を加えないって」
「…はぁ~」
結局口論になってしまった。
もしかしてこれからこんな感じなのか?
「…風呂いくか」
口論する二人を置いて俺はそう呟いた。
「ふぃ~…」
暖かい湯船に浸かり休憩する。
「…これからどうしたものか」
とりあえず口裂け女もつれてきてみたけど、まさかあそこまで八尺様と反りが合わないとはな。
毎日あんな風に喧嘩をされてはこっちも堪ったもんじゃないが、追い出す気にはならない。
八尺様は俺の身を案じてああ言ってくれているし、口裂け女も別に悪いやつじゃないと思う。
まぁ、そこはこれからどうにかしていくか。
「…眠いな」
久しぶりの一人の空間で心身が休めている。
八尺様が来てからは一人の時間と言うのが少なかった。
寝るときは何故か一緒だし、あいつは風呂までは入ろうとしてくるため、まぁまぁ疲れる。寝るのはまだしも、流石に一緒に風呂に入るわけには行かない。
「たまにはこういう時間も必要だよなぁ」
そして少し時間が経つと
カーン!っという金属音が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
俺はすぐに風呂を出て、着替えてからリビングに戻る。
「…どういう状況だ?」
そこには口裂け女が鎌を持ち、八尺様が倒れていた。
「こいつがあんたと一緒に風呂に入らないと、とか言ってたから倒しておいた」
「お、おぅ…別に八尺様がどうこうするのは口裂け女にとっちゃ関係ないんじゃないか?」
俺がそう聞くと
「いや、関係あるでしょ」
と、即答してきた。
「一応同居人となるんだし、ここの家主であるあんたの事は第一に考えないといけないでしょ」
「そ、そういうものか…」
「って言うか、あんた疲れてるでしょ」
「…あぁ、まぁ」
「そんな疲れていることにすら気がつかないほど、あたしは欲望に忠実じゃないわよ」
「…え?」
「あたしは疲れていないときに構って貰えれば良いわ。こいつのことはあたしが見ておくからあんたは休んでおきなさい」
「…助かる。ありがとう」
実は口裂け女は常識人なのかもしれない。
八尺様といるのは楽しいが、ずっと一緒にいようとしてくるので男子高校生からしたら気が休まらない。
口裂け女がその抑制となってくれるのならありがたい。
「…じゃあ、少し聞いても良いか?」
「何?風呂には入り直さないの?」
「いや、良い。それよりかお前のことをもう少し知りたい」
「…分かったわ。なんでも聞いてちょうだい」
口裂け女という都市伝説の妖怪については最低限度しか知らないので、これを機にいろいろ聞いてみよう。
そしてついでに、妖怪という異質な存在について何かを知っているようだからそれも聞いてみよう。強くなる方法とかどうのこうの言っていたしな。
「とりあえず…ネットとかの情報だと口裂け女は『ポマード』というワードが弱点だってあったけど、それは本当か?」
「そんな訳ないじゃない。たかだか男性の整髪料なんかで逃げるわけないじゃない」
「…そうか。ネットの情報もあてにはならんな。じゃあ、好物は?」
「べっこう飴ね」
そこはネットの情報通りなんかい。合っている所と合っていない所の基準が分からん。
「まぁいいや。今度見つけたら買ってくるよ」
「そう、ありがとうね」
じゃあここからは妖怪というものについて聞いてみるか。
「口裂け女は妖怪という存在についてどこまで知っているんだ?」
「…どういう意味の質問よ」
流石に抽象的過ぎたか。
「八尺様と接敵したときに妖怪の強くなる方法がどうとか言ってただろ?そこらへんについて聞いてみたいんだが」
「あぁ、それね」
理解したようで話し始める。
「…あたし達妖怪、特に生物の突然変異とかじゃなくて人間たちの噂から生まれたのは、噂の規模が大きくなる程その力を強くできる。逆に噂の規模が小さくなればなるほど弱くなっていくの。そして噂が無くなれば存在はこの世から消滅するわ」
「へぇー」
というか八尺様はこのことを知っていたのだろうか。さっきは口裂け女の言ったことが分からなかったようだから、知らないとか?
…下手したら存在が消えるというのに、大丈夫なんだろうか。
「まぁ、今の時代、ネットとかにいくらでも私たちの存在を固定化する作品があるから、そうそう消えたりすることはないわね」
「なるほどな」
なら、まぁ…大丈夫か。八尺様が題材の本とか見たことがある。もちろん口裂け女のもだ。
妖怪という存在は、結局は架空…ということなんだろう。
しかし、存在しないという訳でもない。
こうして話している分にはその存在を目の前に確認できる。
でも、一応存在が固定化されているとはいえ、口裂け女はどうしてあぁまでして強くなりたかったんだろうか。
「…でも、噂関係なしに存在がなくなる場合もある」
「…なんだって?」
「本当よ。あんたはこの世界に退魔師と呼ばれる存在がいることは知っている?」
「…なんだそれ?悪魔祓いとか、そういった類の奴か?」
「まぁ、そうね。それと似たようなものだわ」
「で、そいつらがどうした?」
「あいつらは私達をこの世界から抹消することが出来る。だから下手に好き勝手するとあいつらに嗅ぎつけられて消されかねないのよね」
「そんな。だから口裂け女は力を求めていたのか?」
「大方の理由はそうね。強くなればそんな簡単にあいつらに負けることはない。だからといって見境なしに襲っていたらすぐに気づかれる…妖怪もやりづらいわよ」
「…そうか。でも、今は誰かを襲うとかは…」
「考えていないわね。だからこれ以上は強くならないでしょうね」
「…大丈夫か、それ?」
八尺様よりは強いようだが…もし、会ってしまったときどうするんだろうか。
「いざという時は守りなさい」
「…無茶言うな」
しかし、そんな存在と合ってしまったときには俺も行動しなければならないな。
別に妖怪といて何か良くないことがあったかと言われたらそんなことはない。
むしろ楽しい。
だからいなくなってほしくはない。
「ゆうれ~ん?大丈夫~?」
「あら、起きちゃったのかしら。もうちょっと寝ていればよかったのに」
しばらく伸びていた八尺様が意識を戻して起き上がった。
「俺は大丈夫だよ」
「…それは良かった。ねぇ幽恋?」
「どした?」
「私、やっぱりこいつをここに置いておきたくない」
と、不機嫌そうに八尺様は抗議し始めた。
「なによ。あんたが幽恋の風呂に突撃しようとしていたのが悪いんでしょ?」
「私は一緒に入って幽恋を癒してあげようとしているだけ。なんでそれを邪魔するの」
「それが彼には余計なお世話だって言ってんのよ」
またギャーギャーと口論が始まってしまった。
正直疲れてきた。別にお互い殺し合いに発展するような感じはしない。
「先に寝てるぞー」
だから俺は自室に戻って寝ることにした。
明日もバイトはあるが、この二人を放置していって大丈夫だろうか。
もしかして、これからこんな調子だと思うと少し気が疲れるな。
そうしてリビングでギャーギャー言っている二人を置いてベッドに潜り込んだ。
まぁ…何とかなると信じて明日からの俺に任せよう。
モノノケ愛され系男子 クロノパーカー @kuronoparkar
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