モノノケ愛され系男子
クロノパーカー
第1話 幽恋と八尺様
「おねえさん。だれ?」
「ぽっ、ぽぽっぽ」
目の前の巨大な白いワンピースを着た女性は謎の声を発する。
思えばこいつとの出会いが俺の人生を変化させた。
この世には証明不可能なモノが存在する。
科学でほとんどのことが証明できると、世の科学者は言うが本当にそうだろうか。
何故かって?ならば…
「ナニモンだ!?お前!?」
俺は突然巨大な白いワンピースに身を包んだ、女性に持ち上げられていた。力強っ!?
「ぽっ、ぽぽっぽ」
「何を言ってんだお前!?」
何故こんな状況に陥っているかは、一週間前に遡る。
「っしゃーい!素材ゲット!」
高校二年の夏休み。俺こと
『いいなー、全然出ないんだけど』
手元に置いてあるスマホから友達の声が聞こえる。あちら側は欲しい素材が出なかったようだ。
「まぁ、まだ時間はあるし次行こうぜ」
『分かった。俺が受けるぞ』
「あいよー」
友達が次のクエストを選んでいると
「ん?」
スマホの通知に親からの連絡があった。
「わりぃ、ちょっと待っててくれ。親から連絡だ」
『あいよ』
断りを入れ通話を抜ける。いったい何なんだ。
「おかん、どした?」
スマホを手に取り電話の相手である母親に聞く。滅多に電話してこないから何かあったのだろう。
『あー幽恋?今暇?』
「暇っちゃ暇だが」
『来週の盆休み家に帰ってきなね。あんた高校入学以来帰って来てないでしょ』
本来盆休みは帰った方が良いかもしれないがあまり帰りたくはない。しかし電話された以上帰らないわけにもいくまい。
「あー分かった。盆休み中はずっと家にいるのか?」
『いや、私は仕事がちょこちょこあるけど、お父さんと
「分かった。んじゃまた」
そう言って電話を切る。俺は高校進学の際、県外の方へ出たので今は一人暮らしなのだ。
その瞬間、幼いころの記憶が蘇る。
あの巨大な白いワンピースを着た女性。あれは都市伝説で出てくる『八尺様』だった。小さな子を攫うといわれる白い服装をした大きな女性だ。ネットではただの都市伝説にすぎない。しかし俺は10年前、確かに遭遇したのだ。その都市伝説の『八尺様』に。
「………」
それを思い出すと、背筋が凍るのを感じる。
「気を取り直そう」
そう考え俺は友達に電話をかける。
『なんの電話だったよ?』
「盆に帰って来いって話だ」
そうしてコントローラーを手に取り、俺らはゲームを始めた。
時は戻りあの電話から一週間が経った。
「…行くか」
家の鍵を閉める。とうとうお盆だ。母親に言われた通り実家に帰るが…やはりあの時のことを思い出す。
「おねえさん。だれ?」
「ぽっ、ぽぽっぽ」
「どうしたの?」
「ぽぽっ」
「はなしてっ!はなしてっ!」
「ぽっぽぽぽ」
「たすけて!おかあさん!おとうさん!」
あの思考の読み取れぬ表情。幼い俺の力で振り払えるものではなかった。
あの時、何かに呼ばれ俺は林の中に入った。別に子供が林に入ることは禁止されていなかった。あの存在は誰も知らなかったからだ。俺は抵抗出来ず担がれ連れ去られかけた。ちょうど通りがかった木こりの爺さんに助けられたが、もしあの時助けが入らなかったらと思うとゾッとする。
「…着いたな」
バスと電車を乗り継ぎ地元に帰ってきた。
こういう時、数年、十数年ぶりに帰ってきたりすると変わってないなーとか思うだろうが、一年と半年程度でそう変わることはない。
4時半頃、少し歩き家の前に来ると車がないことに気が付いた。
「ご帰宅だー」
家の扉を開けるが迎えの声は聞こえない。およよ?誰もいないのか?
リビングに来ると部屋の真ん中にある机に紙が置いてあった。これは?
『お母さんを愁那と迎えに行ってくる。そのまま買い物をしていく』と親父の字で書かれていた。確かにおかんの仕事が終わる時間帯だな。だから車がなかったのか。
「…暇だな」
多分親父と妹が出たのは少し前。買い物もするとなると1時間程するか。
「んー」
この空いた時間をどうしようか考えていると
『幽恋』
「っ!?」
外の方から俺の名を呼ぶ声が聞こえる。これは…10年前の時と同じっ!?
それに気づいた俺は何かに駆り立てられるように家を飛び出した。
「はぁっ…はぁっ」
声が俺を呼び続ける。声に導かれながら俺は走る。またあの時と同じ経験をするとわかりながら俺は走る。ここに帰る前は『
「…どこだ!?」
あの時出会った林道に辿り着いた。走れば20分のところだ。着いたところで導く声が止まる。だから周囲を見渡した。
「ぽっぽぽぽ」
「っ!?」
突如後ろからあの謎の声が聞こえ、後ろを振り向く。
そこには忘れもしない俺より大きな体格で真っ白のワンピースに身を包み麦わら帽子を被った『八尺様』がいた。
「ぽぽっぽ」
「なっ!?」
八尺様は俺の脇に手を入れ持ち上げる。幼き頃の俺が軽々持ち上げられるのは分かるが、高校生になった俺がこうも軽々と持ち上げられるとなると…こいつどれだけ力持ちなんだ?
「放しやがれ!」
体を揺らし抵抗する。久しぶりにここに来て行方不明ですとかになりたくはない。
「くっそっ!」
抵抗するが一向に放される気がしない。マジかよ。この歳になれば出会っても大丈夫だと思っていたが…そんなことはなかった。
「ぽっぽ」
「なにっ?」
八尺様は脇の手を俺の後ろへ回す。いったい何をするつもりだ?
そのまま俺は抱きしめられる形となった。俺のお腹あたりに二つの柔らかなものが当たるのを感じ、戸惑う。
「ぽっ」
「く、来るなっ」
顔が零距離に近づいた瞬間、俺は八尺様に唇を奪われていた。
「んっ!?」
柔らかな唇が押し当てられ困惑する。あまりに唐突で抵抗することもできなかった。
「…っはぁ。何しやがる!」
5秒ほどしたとき顔が離れる。唇に感触が残っており頬が熱くなるのがわかる。初めては好いたものとするつもりだったが…まさか八尺様が初になるとは…。
「ん?」
八尺様は俺を地面に下ろす。今度は何をするつもりだ?
「…ようやく話せるね」
「え?」
八尺様は突然普通の人間の言葉を発する。あの謎の『ぽっぽ』ではなかった。
「お前…喋れるのか?」
「ええ。久しぶりね、幽恋」
その穏やかな
「…なんで俺を呼んだ?」
「幽恋の気配がしたから呼んだの。会いたかったから」
「なんで会いたかったんだ?」
「幽恋が好きだから」
「なっ!?」
こんな真正面から好きだと言われたことはないので俺は戸惑う。というか女性に好きだと言われたこと自体なかったが。
「で、でも八尺様っていうのはちびっこを好むんだろ?なんで高校生の俺を…」
「10年前、ここで幽恋と出会った時から私はずっと好きなの。他に目移りしたことなんて一度もないわ」
真っ直ぐに俺の目を見てそういう八尺様の言葉を嘘だとは思えなかった。こいつ…本気か?
「…お前は俺をどうしたいんだ?」
先程の感じだと俺が戦おうとしても勝てる気は一切しない。もしここで俺を食べるとか連れ去るとか言われたら全力で逃げるしかない。
「私は幽恋とともに過ごしたい」
「俺と過ごすね~…って、はぁ!?」
俺と過ごすってことは俺と一緒に生活するってことか!?俺の予想する悪い方向に進まなそうで良かったが…予想していない答えが返ってきたな。
「俺と過ごすって言ったってどうするんだ?」
「あなたと寝食を一緒にするの」
「まぁ…そうだよな…」
どうしたもんか。敵意は感じられないが、使用してもいいのだろうか。
「ん?」
俺はふとスマホを起動する。それであることに気づいた。
「げっ…」
スマホを見て分かったのは家を出てから30分が経っていることだ。
「そろそろ帰らんとっ」
俺は振り向き走ろうとすると
「待って」
と、八尺様に肩を掴まれてしまった。
勢いで帰れるかと思ったがそうでもなかった。
「悪いが今は帰らなきゃ行けないんだ」
「だったら私もついていく」
もし俺の家であればついてきて良いって言えたが…もし八尺様なんかつれていけば、みんなに心配されるだろうから出来ない。
「そうも行かないんだ。放してくれ」
「でも…」
「明後日までは地元にいるからさ。明日も来るよ」
そう言うと八尺様は肩を放してくれた。実は物分かりがいいのか?
「じゃあ明日な」
「…うん」
走りながら手を振ると八尺様も小さく手を振り替えした。
一応明日もここに来よう。下手に来なくて呪われたりしたら嫌だからな。
そうして俺は家に向かった。
「…」「…」
俺は明日八尺様にまた会うと言ったはずなんだが…。
「なんでここにいるんだ?」
目の前には八尺様が正座していた。しかも俺の部屋で。背が高いから正座していても十分に大きい。
「会いたかったから。ダメ?」
「ダメじゃねぇけど…」
若干の上目遣いで俺を見てくる。その姿に少し可愛いと思ってしまった。
どうしてこうなったかは少し遡る。
あの後、俺は家に走り辿り着いた。その少し後に家族が帰ってきたのだ。普通に夕食をとり、最近の話をしていると風呂の時間になった。久しぶりの実家の風呂でゆっくりし自室に戻ってきたら八尺様がいたのだ。
「明日会いに行くって言ったよな」
「私は一時も貴方と離れたくなかった」
そうストレートに言われると少しドキッとする。なんでさっきから八尺様相手にときめいてんだ、俺。
「家族にバレたらまずいんだが」
「別に良い。その時は幽恋の婚約者ですって言うから」
そこじゃねぇ。せめて彼女にしとけよ。なんだよ婚約者って。俺が八尺様に連れていかれそうになったと言うのを知った時一番キレていたのは家族だった。もし鉢合わせでもしたら…。
「兄貴ー、ちょっといい?」
階段を上がる音と中学2年の妹、愁那の声が聞こえてくる。まずいぞ、これ。
「一旦隠れてくれ」
「え?」
俺は急いで八尺様をクローゼットに押し込む。ほとんど物が入っていないから助かった。
「兄貴?どうしたの?」
部屋に入ってきた愁那はクローゼットの前でため息をついた俺を見てそう言う。間に合った…。
「なんでもない。何の用だ?」
「いや、なんか兄貴の部屋から異様な気配を感じてさ」
ギクッ。無駄に勘が鋭いな。
「何か憑れて来てない?」
「俺の記憶の限りないな。気のせいじゃないか?」
俺の言葉を聞くと
「そっか。ならいいや」
「あぁ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
納得してくれた愁那は部屋から出ていった。危なかった…。
「別に言っても良かったじゃない」
少し不機嫌そうな顔でクローゼットから出てきた。
「悪かったな」
「まぁ良いわ」
俺が謝ると、八尺様が近づいてきた。なんだ?
「むぐっ!」
八尺様は俺を抱き締めた。身長の差によって俺の顔が八尺様の胸に埋められる。
く、苦しい…。そして柔らかい。
「むぐっむぐ!」
「ん、くすぐったい」
俺が抜けようとしていると八尺様は甘い声を出すので動くのを止めた。
何をやっているんだ俺は…。
「もう満足」
「ん?」
八尺様の長い包容を耐えると俺を放してくれた。呼吸がしづらいと言う苦しみと胸の柔らかさによる
「もう寝よ?幽恋。こっちおいで」
八尺様の声で俺は意識を戻す。そこには布団が敷かれておりで手招きをする八尺様がいた。
「お前、帰らないのか?」
「これからは貴方のいるところが帰るところだからもう帰ってるよ」
何か勝手に決められてる。
「一緒に寝るつもりか?」
「そりゃそうでしょ。好きな人と寝てはならないの?」
どうしてこいつはこうもストレートに好意を伝えられるのだろうか。そして何故俺もそれに照れているのだろうか。ここに来る前は八尺様に恐怖の感情を持っていたはずなんだが…。
「まぁどう言っても帰らなさそうだからな。諦めて一緒に寝るよ」
「ありがとう。おいで」
布団を開け俺を受け入れる体制だった。何となくだが嫌じゃない。既に俺は見入られているのだろうか。
素直に布団には入ると曲げられていた八尺様の足が俺を挟み込む。腕も俺の背へ回し込まれ完全に抱き締められる形となった。
すると久々に寝る際の人の温もりを感じ、落ち着いてしまいすぐさま眠りに堕ちてしまった。
「じゃあ帰るよ。年末はばあちゃんの実家に帰れば良いな?」
「うん、そう。気をつけてね」
地元に来て三日経ち俺は家へ帰る。
二日目は地元の友達に挨拶したりしそのまま遊んだ。朝起きたとき、隣で八尺様が寝ていて驚いたが記憶を思いだし落ち着いた。昼間はいなかったが俺が風呂を出てきたときまた俺の部屋におりそのまま共に寝た。今日は朝起きた時居なかったがどこに行ったのだろうか。
「兄貴!」
「ん?」
走って出てきた愁那。どうしたのだろうか。
「戻ったらお祓い行った方がいいかも」
「どうしてだ?」
「ずっと兄貴から異様な気配が出てるから。そのまま放置していたら面倒なことになるかも」
久しぶりに心配そうな顔を見て
「分かった。やっておくよ」
そう言って俺は手を振り駅まで歩き始めた。
「結局居なかったな」
駅に着くまでに周囲を見渡しながら歩いてきたが八尺様は居なかった。あいつはここから出れないのか?…それはそれで寂しいな。
「…行くか」
時間もあるので俺は改札を通り電車に乗り込む。誰も居ない電車でただ一人。隣には誰も居ない。
アナウンスがかかると電車が進み始める。八尺様がいないかと思い窓から外を見る。そこには小さく手を振る八尺様が見えた。
俺も手を振り返す。「また来るぞ」と言って。またここに帰れば会えると思ったからだ。
「ふぅ」
見えなくなったところで姿勢を戻し前へと向く。そこには
「え?」
真っ白のワンピースに帽子、綺麗な黒の長い髪。目を引くほど美しい顔と目を疑うほどの高身長。
「…八尺様?」
そこにはかつて俺のトラウマであり、この三日で俺を引き付ける存在となった八尺様が席に座っていた。
「ぽぽっ」
「え?」
目の前の八尺様は最初の謎の声に戻っていた。何があったんだろうか。
「ぽっ」
俺が困惑していると席を立ち上がり俺の目の前に来てしゃがんだ。俺の視界に美しい顔が映る。
「むぐっ」
油断していた俺の顔を掴み引き寄せられる。その時八尺様と俺の唇が振れた。
これは再会したときにやったのと同じ。そう思っていたら
「ん!?」
八尺様は口の中に舌をいれてきた。経験のない感触が口内を駆け巡る。しかし元の俺であれば抵抗していたであろうが今の俺は抵抗すること無くそれを受け入れていた。
「ん、美味しかった」
10秒程すると離れるとそんなことを言う。今度は普通の人間の声だ。
「何すんだよ」
流石に冷静に考えて舌をいれてきた理由を聞くと
「あなたの情報を沢山欲しかったから」
と、意味不明な返答が来た。
「なんじゃそりゃ」
呆れていると八尺様は俺の隣に座った。
「私はあなたと寝食を共にする。私はあなたがいるところが帰るところ。そう言ったわね」
「そうだな」
「だからあなたが向かうところに私も行くの」
「そうか」
結局また地元に来て会おうと思ったが…そんな必要はなかったな。
「いいよね。あなたといても」
俺の顔を見て聞いてくる。それに俺は
「別に良いよ。どうせ拒否しても意味無さそうだし」
そう返すと
「ありがと」
そう言い俺の頭を自身の方へ寄りかからせる。
「なんだ?」
「あなたの降りる駅まで寝てて良いよ。起こしてあげるから」
「分かるのか?」
「もちろん。任せて」
微笑みを浮かべて俺を見るその姿はもはや人間の彼女のそれであった。
「じゃあお願いするよ」
安心からか自然と睡魔が来る。こんなにもすぐに眠くなるなんてな。疲れてんのかな。
「ご帰宅だー」
自宅の扉を開け俺はそう言う。日頃は一人の帰宅だが今回は違う。
「お邪魔します」
後ろからは八尺様が入ってきた。結局これから共に過ごすことになった。今のところ悪いやつではなさそうだし、危険であってもどのみち死んでいるだろうからな。受け入れるだけ得だろう。
「はー、疲れたー」
「確かにかなり遠かったもんね」
八尺様は椅子に座った俺の頭を撫でる。多分八尺様は身体的疲労のことと思っているようだが、俺の疲労は精神的疲労だ。
なんでかって?それは八尺様が原因だ。こいつは妖怪とか幽霊とかそんな存在だと思っていたので、皆には見えないと思っていたのだ。しかし町を歩いているとそれは見つかる見つかる。穢れなき真っ白のワンピースに吸い込まれそうになるほど綺麗な髪と圧倒的高身長、そして美女と来たもんだ。そりゃ町行く人は皆注目する。「モデルか?」「ナンパしようかな?」という人たちの声。それと「あれ、彼氏?」「合わねぇ」という隣の俺に対する声も飛んできた。分かっとるわ、不釣り合いな事は。まずこいつは人間じゃねぇ。
「どうしたの?」
俺の頭を撫でる八尺様は聞いてくる。いつまで撫でているのだろうか。
「八尺様は良かったのか?」
「何が?」
「いや、俺なんかのところに来てさ。別に俺、格好良くもなければ何の才能もないぞ」
「いいんだよ。何を言われても私はあなたのもとを離れないわ」
「…そうか」
この通り八尺様は俺が第一みたいだ。
町でもスカウトだったりナンパを
「幽恋といれないならどうでもいい」
この一言ですっぱり切っていた。
町から離れたところでナンパしてきた男が逆上して俺の方に殴りかかってきたが
「近寄らないで」
って八尺様が男の顔を掴み持ち上げた。そこからどうやったのか分からないが男はすぐに痩せ細り、八尺様が手放すと力無く倒れた。
殺したのかと聞くと
「死んでない。生命力の半分を吸いとっただけ」とのこと。生命力を吸うってどうやるねん。
「そろそろ夕飯だが…」
キッチンに向かい冷蔵庫を開けるが
「…何もないな」
生憎と何もなかった。帰る時に買い物をするつもりだったが、八尺様が目立ちすぎてそれどころではなかった。
「どうしたの?」
顔をひょっこりだした八尺様が聞いてくる。
「悪ぃ、食材ないわ。買ってくるよ」
俺はそう言い財布と鞄を用意していると八尺様は冷蔵庫の中を見ていた。
「何もないだろ。買ってくるから待っててくれ」
用意できたので玄関に向かおうとすると
「待って」
「ん?」
八尺様が止めてきた。
「どうした?遅くなる前に買いに行きたいんだが」
「行かなくてもいいわよ。買い物」
「何故だ?」
「この中にあるものだけで私作るよ」
八尺様の言葉に俺は
「…マジか」
と、言葉を残した。
「出来たよ。オムライス」
「おー」
八尺様が作ってくれたのはオムライスだった。でも俺の家にオムライスの具になりそうなものはなかったはずだが…。
「オムライスと言っても具は何もないからオムライスモドキだけどね」
具なしか…まぁ買うの忘れた俺が悪いからな。ありがたくいただこう。
「ありがとう。いただきます」
用意されたスプーンを挿し込みすくい口元に近付ける。よくよく考えたら八尺様の作った飯か。
「…」
八尺様は俺が口にするのを微笑みながら見ている。この表情を疑おうとするなんて俺は駄目だな。
「んぐ」
口の中にいれる。んー…。
「旨いな、これ」
「それは良かった」
あまり表情を動かすことない八尺様も俺の言葉聞いて笑顔になる。
俺も普段は自炊をしているのでそれなりに出来るとは思っていたが…下手なレストランより旨いと思う。
「卵がめちゃくちゃ柔らかいな。味付けもいいし…具なしで良くできるな」
旨くてどんどん手が進む。久しぶりにここまで旨い飯食った気がする。
「…お前は食わないのか?」
八尺様は俺が食べているところを見ているだけだ。
「私はいいの。あなたが食べているところを見るだけで満足だから」
そう言ってもなぁ。こんな旨いもん俺が独り占めはどこか心苦しいところがある。
「…ほれ、食え」
「んぐっ」
油断していた八尺様の口にスプーンで掬ったオムライスを入れ込む。
「な?旨いだろ?」
「…っ、何するのよ」
突然の事に少し怒ったような顔を見せる。
「一緒にいるのに俺しか食わないなんて寂しいだろ。一緒に食おう」
そう言ってまたオムライスを掬い八尺様の前に出す。
「…あなたがそう言うなら」
諦めたのか差しだされたオムライスを再度口に入れる。
「…おいしいね」
「だろ」
そこからは交互にオムライスを口にし食べていった。
この時の俺は間接キスという概念を忘れていたので後に悶えることとなる。
「ごっそさん」
食い終わった俺は手を合わせる。
「片付けは俺がするよ」
そう言って食器を持ち立ち上がると
「私がやるから座ってていいよ」
と言って八尺様も立ち上がる。
「それは悪いよ。作ってもらったんだから」
「作った私が最後までするものでしょう」
ここで意見が割れた。少し口論をすると…
「…分かった。そこまで言うなら任せるよ」
俺が折れた。結構自分の意見を貫き通すのが俺だと思っていたが…こんなにも流されやすかったっけ。
「任せて。幽恋は先にお風呂に行ってて」
「あぁ、分かった」
八尺様の言葉に従い着替えを自室に取りに行くがそこで思い出したのは
「そういえば風呂入れてなくね?」
八尺様は既に風呂が入っているかのように言っていたが入れている様子なんて微塵もなかった。
「まぁ入れながら入ればいいか」
序盤は冷えるが湯が溜まれば温まるからな。そう考え風呂場へ向かった。
「あれ?」
風呂場に着くと予想してない光景があった。
「湯が張られている?」
そう、浴槽には湯が溜まっていたのだ。
いつ入れたんだ?まだ温かいから実家に帰る前抜き忘れたとかではない。
まぁいいか。入れるならそれに越したことはない。俺は服を脱ぎ浴槽に浸かる。
この三日間だけでいろいろあったな。八尺様は恐れるような存在ではなくなったし、これからは共に過ごすことにもなった。今だ謎のところがあるが追々聞いていこう。
それにしてもいい湯だ。俺の好きな温度に仕上がっている。
「ふぃ~」
移動の疲れもあるのでゆっくりしていると
「幽恋。背中流そうか?」
「え?」
ドアのところには八尺様の影が映っている。
「大丈夫だ」と俺が断ると
「じゃあ一緒に入ろう」
と返ってきた。え?一緒に入ろう?この風呂にか?
「っそれは駄目だ」
「どうして?別にいいじゃない」
「どうしたもこうしたもない。一緒に入るのは…あれだ。倫理的にまずい。てか俺の本能的にまずい」
地元の方で再会したときに抱きしめられたときに八尺様の柔らかなものが当たった記憶があるが、あの時は恐怖と焦りでそれどころではなかった。
しかし今は違う。あいつに対して恐怖も焦りも何もない。今は同居人とかやたら優しい存在と化している。もはや妖怪や幽霊5割、人間5割と関わっている感覚なのだ。
そんな奴と今一緒に風呂に入るとなると…俺の男子高校生が暴走する可能性がある。
「入ってもいい?」
八尺様の声が聞いてくるが俺は頭の中がグルグル回っているので聞こえていなかった。
「返事がないなら入るよ」
「…」
「大丈夫?」
「…」
「幽恋!?」
「え?」
八尺様の声でようやく意識が他に移る。そして俺は目にしてしまったのだ。一糸纏わぬ八尺様の体を。
服と同じでとても白い綺麗な肌。スラリとした足。そして俺が固まる原因の柔らかな双球が揺れていた。
「あ…あ…」
「幽恋!?大丈夫!?」
慣れぬ状況と情報量に脳がオーバーヒートし俺は気を失ってしまった。
「…うーん?」
俺は目が覚めた。
なんで気絶していたんだっけ?確か風呂に入っていて…。八尺様が入ってきて…。
その瞬間俺の頭の中に鮮明に映る。八尺様の体を。
「…はー」
俺がゆっくり目を開けると
「大丈夫?」
八尺様がいた。しかし顔が見えん。何かに邪魔されているのだ。
「なんだ?これ」
「ん…」
八尺様の顔を阻害するモノを触る。とても柔らかい。少し八尺様が艶っぽい声を出す。どうしたのだろうか。
そこで俺は少し考える。今俺は仰向けの状態だ。そして気づいていなかったが頭が触れている感触が床ではなく柔らかい。これは…膝枕というものか。
…ん?ということは俺の視界に映る謎のモノは…。
「っ!?悪い!」
俺は勢いよく起き上がる。それは先程触ったモノを理解したからだ。
「いいよ。そっちの方が大丈夫?浴槽で力尽きちゃったけど」
「…あ、あぁ。大丈夫だ」
そういえばそうだったな。俺は浴槽で力尽きたんだ。あれ?
この時俺はあることに気づいた。浴槽で力尽きた時は裸だったはずだ。それはそうだろう。服を身に着けたまま風呂に入る奴はそういないだろう。
だから風呂から引き揚げられたなら裸のはずだ。しかし今は用意していた服を着ている。ということは…。
「八尺様…俺の服着せた?」
恐る恐る聞いてみる。俺の中ではまだ自分で無意識に着替えたという期待が微かにあるからだ。もしこの期待外れれば俺の
「…うん」
「あぁぁぁっ…」
俺の期待は一瞬にして崩れた。別に見られたからと言って死ぬわけではない。しかし羞恥心は存在するのだ。
「…大丈夫だよ。出来るだけ見ないようにしたし、小さくはないと思うよ!」
「…励ましになってないよ」
「あれ?」
まぁ、八尺様を攻めるのもお門違いというものだ。もとは俺の脳がオーバーヒートしたのが問題だからな。
これからはこんな風に今まで経験したことがないことも起こりえるんだ。冷静に対処できるように余裕を持たなければな。
ただ今日は
「もう寝よう。疲れたわ」
頑張っていくのは明日からでいいな。
「そうだね。じゃあ私も」
俺が立ち上がり寝室に向かおうとすると八尺様もついてきた。
「そういえば八尺様の寝るところないな」
「私はあなたと一緒に寝るよ?」
「そっすか」
八尺様にベッドを使わせて俺はリビングに椅子で寝ようかとも考えたが…八尺様の言葉で考えを止めた。よくよく思うと実家の方で既に二度共に寝てるんだ。変わらんだろう。強いて言うなれば親と愁那がいないことか。
「じゃあ寝るか」
「うん」
寝室に入り電気を消しベッドに二人入る。実家の布団とは違いベッドなので余計窮屈だ。そのため八尺様とふれあう面積も大きい。最初は戸惑うが時期になれる。
「八尺様?」
「どうしたの?」
俺の背から抱き締める形となっている八尺様に声をかける。
「お前って結局何者なんだ?人間?妖怪?」
一つ質問をしてみた。この際色々聞いてみよう。
「それを聞いて何かあるの?」
少し暗い声で返事をする八尺様。俺の返事次第で八尺様の心は大きく左右されるだろう。まぁ悪い方向に向かう返事をするつもりは全くない。
「別に。人間であろうと妖怪であろうと俺を好いてついてきてくれる存在だろ。何か危害を加えるなら困るがな」
「…私は妖怪。でもあなたに危害を加えるつもりはない。前にも言ったけど私はあなたが好き。むしろ守っていきたい」
「そりゃよかった」
ここで少し沈黙が起こる。俺からしたら身の安全が確認できたので良かったが、八尺様からしたらどんな答えが帰ってくるか不安だったのだろう。俺はそう考えた。
だから俺は
「八尺様、少し手をどけてくれるか」
「?、うん」
手をどけて貰い寝返り八尺様の方を向く。八尺様の綺麗な目が俺を覗く。しかしその中は少し潤んでいた。
やはりか。予想通り不安だったのだろう。
「み…見ないで…」
そう言って目をそらす八尺様。多分恥ずかしいのだろう。
今までは俺が感情を出し、八尺様は落ち着いていた。だが今は八尺様が感情を出している。
まだ俺の中で八尺様をどう思っているかは分からない。ただ自分を好いてくれる女を悲しませて放置するのは俺の男が廃る。
「…え?」
だから俺は落ち着かせるように八尺様の頭をなでる。横になっているときは顔の位置は同じ。だから身長の差なんかない。だからこそできる。もしお互いに立っていたら出来ないな。
「お前が敵意を持たないなら俺も持たない。だから安心しろ」
「…うん」
「………うおっ!?」
八尺様が落ち着いた様子を見ていると、後ろに腕を回され抱きしめられる。される瞬間は驚くがすぐに俺も落ち着く。なんか…慣れたな、俺も。
「安心した」
「そりゃよかった」
しばらく抱き締められていると放してくれた。これで八尺様が落ち着くってんならいいが、こっちは色々当たって大変だ。…主に理性が。
「そういえばさ」
「どうしたの?」
他の事に気を逸らすためまだ気になっていたことを質問してみる。
「八尺様の声はあの『ぽぽっ』っていう謎のやつだろ。なんで今は普通に喋れてるんだ?」
多分キスがトリガーだと思うんだが…どういう仕組みかが分からない。
「それはあなたの生体情報…詳しくは人間の生体情報を体内に取り込むことで人間語が話せるようになるの」
「へー…あれ?でも前に一回戻ったよな?」
「それは再会した時に得られたあなたの生体情報が少なかったから。少しすると喋れなくなっちゃうの。今回は沢山得られたからしばらくは大丈夫だよ」
詳しくは分からんが何となくは理解した。ここら辺は妖怪とか都市伝説の謎という解釈にしとこう。
「そろそろ眠いし寝るか」
「そうだね」
「…」「…」
「これからよろしくな」
「うん」
この日から俺と八尺様の奇妙でのんびりした日常が始まった。
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