第37話

 結局都合二往復して合わせて四つの革を納品したときには、既に日が暮れ始めるような時間になってしまっていた。

 四匹分の革があれば当座はどうにかなる。

 ディルの中々に初心者丸出しの剥ぎ取り済み素材を見て苦笑しながらも、ヒリソは笑顔で鎧を渡してくれた。

 素材の売却代金と少し色をつけてもらった毛皮の買い取り料金を合わせて購入金額から引くと、おまけの部位プロテクターも合わせて金貨七枚で鎧を買うことができた。

 随分と割り引いてくれたものである。正直なところ厚意をそのまま受けるのは、ディルは良心の呵責を感じていた。

 だがそんなに引かんでいいと言っても、頑固で職人気質なヒリソは全く話を聞いてくれなかった。

 ふん、それならいいわい。お前さんがそうやって安くしすぎるのならわしにだって考えがあるんじゃからな。

 おじいちゃんは内心でそう吐き捨ててから店を後にしたのである。





「えっと、フィルティヒ孤児院は……ここらへんにあるはずなんじゃがのう……」


 ディルが考え付いた作戦とはこうである。

 親父が値引きをしすぎるのなら、娘にそれを還元しちゃえばいいじゃないじゃないか。

 回りくどいやり方ではあるが、これなら回り回ってヒリソの懐事情にそれほどのダメージを与えなくても済むだろう。この作戦を思い付いたディルは上機嫌になりながら、新鮮な肉と野菜を詰め込んだ背嚢を背負いニコニコ笑顔である。

 正直ジジイとおっさんが変な意地を張り合っても誰も得はしないのだが、男というのはいつになっても素直になったりするのに若干の気後れを覚えてしまうものなのである。

 一応言っておくと、ディルがやってきた理由はただヒリソの商売下手な分を娘に還元してやろうという老婆心だけではない。

 事情を知ってしまった以上、このまま知らんぷりをしたまま別れることはしたくない。

 それならば一度孤児院に赴き、ミルヒを確認してその人となりや生活具合を覗こう。そんな目的もあった。そしてついでに、腹減ってる子供達に美味しいご飯を食べさせてやろうという思いもあった。


 そんな風に複数の目的を持ち孤児院を訪問しようとしているディルではあったが……悲しいかな、おじいちゃんは結構洒落にならないレベルで方向音痴だった。

 彼は既に結構な時間、通りをうろついていた。

 見切りを使い返り血等を浴びておらず、ある程度身なりが清潔だからなんとかなっているが、本来ならギリギリアウトな現状である。

 夜に同じ通りをぶらつく老人がいたら衛兵あたりに夢遊病患者か何かとして連れていかれてもおかしくはない。

 ジジイは表では平気な顔をしていたが、実は内心このままだとわしヤバくね? と焦りを感じ始めていた。

 試しに見切りを使ってみたが、残念ながらそのスキルは適切な体捌きを教えてくれても、行くべき場所を指し示してはくれない。

 ジジイは途方にくれながら、もう人通りがないに等しい表通りから一本外れた少し暗い道を、漏れ出す灯りと声を頼りに歩いていた。

 孤児院ならそれっぽい見た目をしていると思って大雑把な場所しか聞かなかったことを後悔しても後の祭り、おじいちゃんの背筋は普段よりも多めに曲がっていく。


「えっと、あの…………迷子、ですか?」

「……おお、ちょうどいいところに。人通りが少なすぎて困っとったんじゃよ」

「まぁ、もうすぐ夜になりますし。戸締まりしないとなんだかんだ危ないですから……」


 しょぼくれたジジイは声をかけられた方を向き、話しかけてくれた女性をじっと見つめた。笑顔でにこやかに対応してくれている女の人は、本当に親切から話しかけてくれているのがわかった。


「……すまん、間違っておったら悪いんじゃが……」

「……? ええ、はい、なんでしょうか?」


 頭まですっぽりと覆い隠す青色の修道服。

 夜道と言っても差し支えない暗い夜道をぶらついている、明らかな不審なおじいちゃんにもにこやかに、善意から対応してくれるその優しさ。

 そしてなるほど、お父さんが溺愛するのも頷ける可愛らしい顔と仕草。


「もしかして、ミルヒちゃんだったりする?」

「……どうして、私の名前を?」


 こてんと首を傾げながら頬に手を当てているその態度を、もし普通の人間がやったとしたら十人が十人ぶりっ子判定を下すことだろう。

 だが少なくとも目の前の女性、ミルヒがしているそれを、演技や気に入られるための仕草だと断定できるものは一人としていまい。

 親の愛情を一身に受けたのだろうというその純真さ。そして孤児院という辛い労働環境にいるにもかかわらずそんな様子は微塵も見せない強さ。

 なるほど、こりゃ多少強引にも手に入れたくなる男も出るわい。

 納得を覚えたディルは、半ば無意識のうちに空を見上げていた。

 星の輝きの見え始めた薄紅の空を見て、なんの根拠もなく確信を抱く。

 

(わし……こういう子には、弱いのよなぁ)


 少なくとも彼女を見殺しにしたままこの街を出ることは、自分にはできそうにない。

 ディルは彼女にヒリソとの一連のやり取りの話をして納得をしてもらってから、孤児院に案内してもらうよう頼んだ。

 そしてもちろん、ミルヒはその願いをにっこり笑顔で了承してくれた。

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