第36話
ディルはぱぱっと準備を整え、いい笑顔で解毒剤を売り付けてくる男性職員に笑みを返した。
そしてわかってるじゃろうのとだけ口にして、若干値引きをさせ蛇の魔物の情報をしっかりと吐き出させるのも忘れない。これくらいのことはしてもバチが当たらんじゃろうと結構な値引きを迫るあたりからも、ディルが交渉の行える冒険者に成長していることがはっきりと窺える。
ついでとばかりに対策や対処法、アドバイスをしっかりと聞き、ギルドをあとにし目的地へと向かっていった。
「少し、マシになった気がするの」
木々が水分を吸うからか、気持ち空気がカラッとしているために、過ごしにくさはかなり薄れていた。そんな森というには少々木の数が少ない中を、ディルは見切りを常に遣いながら歩いていた。
南に展開している森は、その名をジュラル森林と呼ぶらしい。
うろの少ないつるつるっとした樹木には、ナイフのように細長く鋭利な葉っぱがついている。枝や葉の間の感覚は大きく広がっているために、木の上から隠れて襲いかかってくるような魔物はいない。
魔物の姿は丸見えであり、少し離れた場所からでもトキシックスネークの姿は丸見えだった。
「おお……やっぱりというかなんというか、物騒な色しとるのぉ」
ショッキングピンクの斑に、オレンジと紫のマーブル模様の蛇の色は、かなり視覚に訴えてくるものがあった。体長はそこそこ大きい、ディルの身長くらいはあるだろう。
生きてるうちは派手な色をしているが、しっかり染料を使えば色は落ち着くという話は事前に聞き及んでいる。一応既製品が茶色かったのを見ておいてよかったわい、ジジイは完成品を見ておいてよかったとほっと息を吐いた。
さすがにあんな色着た鎧を着たじいさんがいたら、それもう笑えないものな。事前に生きているのを見て、この鎧を候補から外さんで良かったという安堵のため息である。
息を整え意識を切り替えてから、ジジイは油断なくじっと樹上で身体を縮こまらせている蛇を見つめる。
トキシックスネークはディルの方を向いていないにもかかわらず、なぜか臨戦態勢を整え始めていた。
なんでもこの蛇は生き物の体温を知覚するような能力があるらしく、実際に見ずとも獲物を補足する能力があるらしい。
そんな探知能力があって、毒液を飛ばしてくるんじゃから、そりゃ厄介に決まっとるわい。
グスラムにはかなりの冒険者がいるはずなのに、ディルの周囲にはほとんど人の姿がない。ギアンでスライム狩りをしてきた時とは大違いである。
やはり楽に稼げる方に、人は流れるもんじゃしのうと苦みを湛えた笑みをこぼす。
(……来るっ‼)
瞬間見切りがディルに警鐘を鳴らしたため、全力で右へ転がって受け身を取る。
すると彼が先ほどまでいたところに紫色の液が飛んでいき、それが染み込み地面の色が変わっていくのが見えた。
毒液を一度使ってから、再度使うまでにはタイムラグがある。
ゆえに狙うのは毒液を吐いたその直後。
しっかりと教えてもらった対処法に従いながらヌルヌルと歩いていく。
アドバイスではその後、蛇の頭を掴み口を強引に閉じてから殺すのがいいと言われていた。だがディルの見切りスキルは、それが最適解ではないと彼に告げている。
ぐぐっと縮めていた身体を一気に伸ばし、風を切って進んできたトキシックスネーク。
(それだけの速度があれば、下手に力を入れる必要はない)
少しだけ動き、黄泉還しをそっと脇のあたりに掲げる。
すると蛇が思いきり飛び込んで、黒い剣へと吸い込まれていった。
「わざわざ避けてから倒さんでも、向こうからやって来てくれるんじゃから問題はない。速度も十分に乗っておるから、置いておくだけでいいというわけじゃな」
ディルは脳内でシミュレーションをした。
まずトキシックスネークに自分の存在を気づかせ、臨戦態勢を整えさせる。
毒液を吐かせ、それを避ける。
次にこちらに向かって身体を伸縮させる相手の口の位置に、剣を置いておく。
不意打ちで殺すよりも若干手間はかかるが、その分安全に仕留めることができる。それに手間といっても精々が三手、それほどのものでもない。
複数体に襲いかかれたらまた話は変わってくるが、幸いこのジュラル森林は比較的見通しのよい、木々がそれほど密生していない場所だ。
向こうがやって来る獲物を待っているのなら、こちらも一匹ずつ群れていない個体をしっかりと狙っていけばいい。
革を剥ぐのが面倒だが肉を残してでも革を傷つけないようにと言われていたのでそれを忠実に守ることにする。
だが解体が下手なために、かなり肉が残ったままになってしまった。革だけでずいぶんな重さがある。
(これだとこまめに帰る必要がありそうじゃの。腐り始める前には戻らんといけんし、足で稼ぐと思って割りきるしかなかろうて)
ディルはもう一匹蛇を狩り、再度下手くそな解体をしてから、一度街へと戻ることにした。
こんな時荷物を共有できたり、解体ができたりするような仲間の一人でもいたらのぉ。
おじいちゃんは帰路重い革を運ぶ際、一度パーティーメンバーを募集するのもありかもしれんの。
スライムを狩っていた時とは勝手の違う狩りを経験し、おじいちゃんは一人でできる限界というものを、実感し始めていた。
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