第35話

「話をするならまず名乗らなくちゃいけねぇな。俺の名前はヒリソ」

「ディルじゃ」

「そうか、ディル。今な、うちの店はちっとばかし嫌がらせを受けてるのさ」

 

 少しだけ溜めてから意を決したように話を始めるヒリソを見て、おじいちゃんはどうして来たばっかのわしにこんな大事そうな話をするんじゃろうかと妙な気分になった。


「嫌がらせ? 同業者とかからのやっかみとか、そういう類の話かの?」

「あー、違うな。そっちは前に白黒はっきりさせてからは静かなもんだ。これは店というか極々個人的な話でな、俺の娘のことなんだよ……」

「娘か、羨ましいの。わしも息子より娘が欲しかったわい」


 小さい頃から良い意味でお利口すぎたトールは、ディルにとっては理想的な息子過ぎた。

 おじいちゃんは以前から、トールをしっかりと育てながら、もっとお転婆な可愛い子も欲しいもんじゃと思っていたものだった。彼がマリルを猫可愛がりしているのにも、そのあたりが関係しているのである。

 息子がいる親が娘を欲しいと思うのは、万国共通の考えなのである。


「おお、そうか。うちのミルヒはそれはもう可愛くてなぁ‼」


 自分の子供というある種の共通の話題が上がってからは早かった。子供自慢をする親ほど饒舌な存在は、この世にはないのである。

 ヒリソの娘の溺愛っぷり八割、事情説明二割の話はいまいち分かりにくかったが、ジジイは時おり質問を挟みなんとか概要を掴むことに成功する。



 どうやら彼の娘であるミルヒは今、孤児院で働いているシスター見習いであるらしい。

 とても愛らしくとても俺のような男から生まれたとは思えない(ヒリソ談)の娘さんは、どうやらとある商人に目をつけられてしまったらしい。

 ミルヒはその商人に度々求婚をされていたらしいのだが、彼女の方もそれを袖にし続けていた。そんな日々が続くうち、商人の男は彼女本人ではなくその周囲から攻めるような手を選んだらしい。

 子供達に仕事がなくなるように手回しをして孤児院の経営を圧迫させた。娘の苦境を座して見ていられるはずもないヒリソは自分の皮革ギルドの伝手を使い、色々な革細工店に子供を派遣させることでなんとかしてやった。

 すると今度は商人が皮革ギルドに根回しをした。そのせいで今ヒリソは皮革ギルドや周囲の職人達から若干煙たがられているらしく、卸売り価格で足元を見られたりして経営が厳しくなり始めているらしい。

 娘が可愛いだとかジガ国一のべっぴんさんだとかいう自慢話は基本的には話半分に聞いていたディルではあったが、どうやら話自体は結構根が深そうな問題である。


「ギルドから締め出されたりはされないのかの?」

「それはないだろう、偽の証拠をでっち上げたりするリスクを冒す必要なんか向こうにはないわけだからな。孤児院かこの店、どっちかが立ち行かなくなるのを待ってりゃいいんだから」


 子供達と両親、どちらも守りたいのならすべきことは一つだろう。今もミルヒはそんな脅迫まがいのセリフを吐かれ続けている。

 だがかなり大きい商会の跡取り息子であるその男に、この街の者達は手を出しづらいらしい。

 どうやらその男、父親の力を楯に色々と無体なことをしでかしているらしい。

 色々と裏にも手が回せる男らしく、ヒリソ親子は今のところ泣き寝入りすることしかできていないようである。

 彼が急にこんな簡単に全てを吐露したその理由を、なんとなく察してしまったおじいちゃん。

 

「……じゃが冒険者ギルドの中の一部の人間には現状を良く思っていない者もいると、そういうことじゃな」

「そうだ。そういう人間達が秘密裏に、他所からやって来ていて、かつリスティス商会の権威なぞ跳ね返してしまえるような冒険者を俺の元へと派遣してくれているってわけだ。冒険者ギルドの職員は、基本的に権力から守られるからな」

「……ミースの仕業、じゃろうなぁ……」


 彼女が恐らく自分のことを査定書やら報告書やらに盛って書いたのだろう。どうやら自分はこの街にやって来た名うての冒険者、ということになってしまっているようである。

 ミースが話を盛ったせいでそれをこの街の、あの男が信じ、ディルをここへとよこしたのだろう。


「冒険者ギルドから直接卸してもらえたりはできんのかの?」

「息のかかった職員が何人かいる。それに今後のことも考えると、何か悪行の証拠でも見つかってしょっぴかれない限り、重い腰をあげることはないだろうな」

「……」


 ディルはひげをもしゃもしゃしながら考える。

 もうこの際蛇を狩ることは構わない。困っている人を助けるためになら、多少のリスクは甘受すべきだろう。

 だが……と少し目を細め、申し訳なさそうな顔をするヒリソの横顔を見る。


(わしが魔物を狩ったところで……それだけだと抜本的な解決にはならんのじゃよなぁ……)


 あまり業界のことなどわからないディルであっても、今の現状を彼がそう長い間維持できることはできないことくらいはわかる。

 恐らくこのまま時間が経過すれば、早晩ミルヒはその悪徳商人のドラ息子の元へ連れていかれることになってしまうだろう。

 魔物を狩って素材を渡し、はいさよなら。

 わしにそんなドライな対応できるかのぅ。……できんじゃろうなぁ。

 なんとなく将来の自分の未来予想図を思い描き、ポリポリと頭を掻くおじいちゃん。


「……討伐してからあとのことは考えればええ。うん、そうするのがええ」


と問題を棚上げし、ディルはトキシックスネークの討伐へ向かうことを決めた。 

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