第34話

 言われた場所は、ギルドやきらびやかな店の並ぶ場所から少し外れた郊外だった。

 革を鞣す際には、信じられないような臭いがするらしく、皮革関連の武器や防具を並べる場所は飲食のできる場所とはずいぶんと離れている。

 歩きながら道を行くと、まだ日が上ってそれほど時間が経過していないにもかかわらず暗さを感じる一画へと入っていく。

 何やら腐敗臭のようなものがしたかと思うと、ポツポツと往来や建物の隙間に人影が見え始める。老人と子供が多かったが、稀に女性の姿もあった。皆等しく身なりはボロボロで、一目見ただけでここが俗にいうスラム街のような場所であることがわかる。

 皆まるで何かに襲われるのを怖がるかのように、一様に瞳をぎらつかせて周囲に目を配っている。その様子を痛ましく思いながら、世界がまだまだ厳しいことを改めて見せつけられるディル。

 一見すれば情熱的な場所であっても、一歩道を外せばスラム街がある。

 奴隷の売り買いはいつまでも活発で、大きな戦争はないはずなのに心を暗くさせるものはまだまだ多い。 

 

(ギアンでは目のつく所にそういった汚い側面が見えないよう、特殊の配慮がなされていたんじゃのう)


 ここでは冬場になってもスラムの人間達は凍死せずに済む、多分その分だけ移民や難民が集まってきているのだろう。


「……ままならんの」


 生い先短い自分が金貨十枚などという大金を持っているより、彼らが今日を生き延びられるために使ってやる方が有意義なのかもしれない。

 自分の防具を諦めれば彼らのうちの何十人かが、死なずに済むかもしれない。見ず知らずの他人にそんなことをする義理などないのだが、どうしてもそんな風に思わずにはいられなかった。

 ディルは少しだけ足を重くしながら、皮革加工店の立ち並ぶスラム街の向こう側へと足を踏み入れる。

 ままならんの。もう一度だけディルは、そう呟いた。






「トキシックスネークの革鎧だな。部分に当てるタイプか、全身タイプか。補強をするか付け足したり引いたりするか、その辺は予算との兼ね合いになってくるだろうな」


 防具屋の親父は、黒い髭を生やした横幅の大きな男だった。

 ディルが金貨十枚でなんとかなるかと尋ねれば、そんだけありゃオーダーメイドで作ってもお釣りが来るよと良い笑顔。

店を営む人間は見た目がゴツくて中身がいい人という法則でもあるんじゃろうかと考えると、今度また別の武器防具屋に行くのが少しだけ楽しみになった。


「なるべくなら安く済んだ方がありがたいんじゃがの」

「じいさんが使ってるのは、その武器かい?」

「そうじゃ。呪われてるから触らん方がいいぞ」

「そんな物騒そうな武器にわざわざ触りに行こうとする物好きなんかいねぇだろ。さっさと済ませた方がお互いのためだろうし、まぁとりあえず脱いでくれや」

 

 言われるがままに麻の服を脱いでいくディル。とりあえずパンツ一丁になってから自分の身体を見下ろしてみると、以前と比べるとかなり鍛えている感じが出ているのがわかった。


「思ってたより筋肉ついてるんだな」

「最近は頑張らんといかん理由ができてしもうての」


 試しに力こぶを作ってみようとするが、流石にできることはなかった。

 別に腹筋が割れていたり胸筋がすごいことになっているわけでもない。だが骨と皮だけでなく、僅かばかり肉がついている。よく食べてよく戦っている、最近の忙しい日々の賜物だろう。

 何やら布らしいもので寸法をされてから、適当に鎧を幾つか差し出される。


「んじゃこれとこれ、着てみてくれ」

「ほいほい」


 既製品であるにもかかわらず、渡された輕鎧は全てジジイの身体にジャストフィットしていた。

 ディルが身軽さを武器にして戦うのを身体から読み取ったのか、鉄や重いプロテクターを入れた革鎧は出してこなかった。プロはやっぱり違うもんじゃ、ジジイは内心で舌を巻きながら試着を終える。

 結局彼が買うことにしたのは蛇の皮膜で継ぎ当てされている軽鎧である。胸や足といった重要な部分には蛇腹の分厚い革を使っているため、防御力は十分そうだった。


「いくらになるかの?」

「そうだな、良い部分を使っているから金貨十枚……と、いいたいところではあるんだが。一つ俺の頼みを聞いてもらえるんなら、勉強させてもらおう」

「……一応聞かせてもらおうかの。どんな頼みじゃ?」

「トキシックスネークを何匹か……狩ってきてもらいたいんだ」


 真剣そうな顔をする店主を見て、ううんと唸るディル。

 できれば断りたいところではある。だがその顔からは困っている様子がありありと見て取れるために直栽な言い方はしづらかった。


「とりあえず、話を聞かせてくれんか」


 この街に滞在する期間が、少し長くなりそうな気がするの。

 ディルは言いづらそうにしている店主が口が開くのを、黙って待つことにした。

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