第33話
ひいひいと喜びと悲鳴を半分ずつにした声をあげながら朝食を終え、ディルはまず冒険者ギルドへと向かうことにした。
まとめた支払い等はせずに泊まった宿、火竜の尻尾亭をあとにして、道行く人へギルドの場所を訪ねてから歩いていく。
食事と宿という心配事が消えている今は、しっかりある程度の余裕を持って周囲の人間の観察ができた。
ここに暮らしている人間達の様子は、基本的にはギアンの街の住人と変わらない。だが土地柄のせいか、少し薄着の人間が目立つような気はしていた。
往来を歩いている人の中には厚着をしている人間は少なく、肌色成分が少し高めである。
それを見て鼻を伸ばすような年頃は終えているが、ディルは少し彼らの様子が気になった。わずかではあるが、少しだけ肌の色が濃いような気がするのである。
実際に見比べて比較できるような対象がヨボヨボの自分しかいないためいまいち判然としないが、よく見てみるとギアンの街のミースやアリス達よりも少しだけ色が濃いような気がする。
そも国中でそれほど厳正な通行審査が行われているわけでもないために、ジガ王国の内部は比較的移動がスムーズに行えるわけで、色んな肌色の人間がいるのは当然な話ではある。だがこの異国感溢れる情緒と相まって、ディルはまるで自分が外国にやって来たような気分になっていた。
昨日まではジメジメしてしんどい、歩くの辛い、料理が美味しそうじゃないと内心でぶつくさ言っていた事実からはそっと目を背け、ジジイの瞳は輝いていた。住めば都、というほど生活しているわけでもないのに、おじいちゃんの心変わりはそれはもう早いものである。
案外旅も悪くないかもしれんのぉ、と上機嫌になりながらギルドへ入るディル。
森の奥や洞穴の中でひっそりと暮らしている亜人というものもこの広い世界には存在しているらしい。
まだ見ぬ人、まだ見ぬ文化、そしてまだ見ぬ種族。こうして自分が長く生きてきて知らなかった物を色々と見て聞いて考えてみるのは、かつてないほどに心が躍る経験だった。
未知を探求し未踏の地を探し求める冒険者というのは、いつもこんな面白い経験ばかりできるのなら、なってみた甲斐があるというものじゃ。
ディルは上機嫌になって、ギルドの扉を叩いたのだった。
ディルの対応をしてくれたのは、感じの良いムキムキの男だった。
笑顔と白い歯が素敵なナイスミドルに金の引き出しが問題なくできることを確認してもらい、彼に革鎧を仕立てるのに相応しい場所を教えてもらうことにする。
念のために裾にしまっておいた賄賂を使わずとも、彼は笑顔で色々なことを教えてくれた。
「加工が盛んな魔物の素材は三種類。蛇型魔物のトキシックスネーク、蜘蛛型魔物のガルガンチュアスパイダー、そして肉の美味い蛙の魔物のマッドフロッグだ」
「鎧にする分にはどれも変わらないのかの? とりあえず魔物の素材と値段的にはどれも手が届きそうじゃと思って、馬車で頑張って来たんじゃけど……」
「まぁ結構違うが、別にそんなに難しいことじゃないぜ。蜘蛛が一番硬くて、蛇が一番着心地が良くて、蛙は一番安い。そんだけだ」
金額を聞いてまず蛙を候補から外し、蜘蛛と蛇ならばどっちが軽いかのうと尋ねると、間髪入れずに蛇だという答えが帰ってきた。蜘蛛の場合は甲殻を使うために厳密に言うと鎧というよりかは重めのプロテクターのような物になるらしく、それで蜘蛛も候補から外れた。
「魔物を狩って持っていけば安くなるぞ。ほれ、こんなところに解毒薬もある」
「いや、死ぬのやじゃし普通に素材ごと買うことにするわい。隙有らば魔物を討伐させようとするの止めてもらえんかの、命が幾つあっても足りんわい」
「はっはっは、確かに」
「笑い事じゃないんじゃけどのぉ……」
討伐を促されても、ディルは蛇の魔物と戦うつもりは正直あまりなかった。
トキシックスネークの牙から出る毒は、一度食らえば即座に解毒薬を使わないと全身が麻痺して動かなくなってしまうらしい。おまけに噛みつくだけではなく牙から毒液を飛ばしてきたりもするようで、どうやらギアンと比べると魔物の討伐難易度は随分高そうであることがわかる。
どう足掻いても自分が死ぬビジョンが見えず安定してお金が稼げるスライムと比べると、詰む場面が容易に想像できてしまう毒蛇の方が遥かに厄介である。
「えっと、じいさんへオススメの防具屋はここだな。安くて腕もいい、信頼の置ける店だぜ」
「その店主、頑固で防具を使えない奴には売れないと戦いを挑んできたりせんかの?」
「どこの戦闘民族だよ、きょうびそんなことする馬鹿はいないだろ」
「いなかったら、良かったんじゃけどの……」
少し遠い目をするディルから発される哀愁に何かを感じたのか、職員の男は地図を使ってしっかりと説明をしてくれた。
引ったくりが怖いし、お金は払うとわかってから取りにくるわい。
おじいちゃんはそう言い残し、防具屋へ行くためにギルドをあとにした。
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