第32話

「らっしゃーい」

「一人で」

「あいあーい、どっか適当に空いてるとこ座ってー」


 同じ接客業でも、地域差というのは大きいもんなんじゃのう。特に案内をされたりするでもなく、ディルは空いているテーブル席を探し、そこへ腰かけた。

 ギシギシと鳴る椅子から天井近くにある、ぶら下げられた絵の数々を見る。

 連なっている何十枚もの紙片のそれぞれが、風にたなびいてゆらゆらと揺れている。書いているのは三つ、恐らくその品を表しているらしい絵と、お品書き、そしてその下に値段が書かれている。

 ディルのように正直若干読み書きが怪しい者にも優しいシステムである、絵は随分と大きく描かれており、がっつり老眼であるジジイでも見える程度にはデカデカとしている。

 いくつかは知っている料理もあったが、やはり見知らぬ土地に来たら知らないものを食べたくなるのが人情というものだろう。


「ポペラピューロのヌル煮は、甘い料理ではないかのぉ?」

「あぁ⁉ うちには甘ったるい料理なんか置いてねぇよ、そういうの食いたいんなら向かいの店に行きな‼」


 必死にジジイなりの大声で叫んでみると、なんとか厨房の奥の方で料理の準備をしていたウェイトレスに声が届いてくれたのがわかる。

 客商売の人間がする態度じゃないとは思うが、こういうのも新鮮でありじゃの。

 ほっほっほと髭をもしゃもしゃしながら注文をするディルにあいよっと気さくにオーダーを取る店員。

 再び店の奥の方に入ってしまった彼女の背中が消えるのを確かめてから、ちらちらと回りの人間を見てみることにする。

 店員が無愛想だからか、それともこの地域の風土には合っていないような店構えだからか、はたまた物騒なドクロを店のシンボルマークにしているからか、客足はそれほど多いようには思えなかった。

 というか条件を並べてみるだけで、絶対流行らないと言い切ってしまえるような気がするの。

 店のせいか少し辛口になったおじいちゃんは数人いるらしいこの店の客が手に取る食事に目をやった。

 ハフハフと息を漏らしながら食べている料理は、びっくりするくらいに赤かった。

 何か白い練り物のようなものが、真っ赤なスープの中でプカプカと浮かんでいる。木製のれんげで取った白玉を、一緒によそった赤いスープと一緒に口に入れる。

 クーっと悲鳴のような矯声のような声を出し、額に汗をびっしり掻きながらも手を休めない大男。その一心不乱さを見る限り、不味いということはないように思える。

 ジジイはそんなはずもないのに、自分のお尻が痛くなるような錯覚に陥った。


「……明日、大丈夫かのう……」

「はいお待ちっ‼ お代は銀貨一枚だよ‼」


 料金を支払い、出てきた料理をじっと見つめるディル。

 彼に出されたのは、透明な謎の物体だった。

 鳥の半身くらいの大きさの透明な物体が、皿の上に乗っている。透明といっても無色というわけではなく、やっぱりというかなんというか色は赤みがかっていた。

 赤い香辛料と緑色のペースト、それにピンク色の塩がそれぞれ小皿に入っている。

 ナイフとフォークを差し出すと、店員はどこかへ去っていってしまった。

 料理をじっと見つめ、どうしたものかと首を捻る。

 恐らく切り分けて、それぞれの小皿に浸けて食べるような品なのだろう。

 以前トロットロの煮込み料理が似たような状態になっているのを見たことがある、魔物の素材は調理によって色が変わるということは、あまり魔物食に詳しくないディルでも知っていた。

 赤っぽい色になっていることから察するに、多分スパイシーなスープで魔物の肉か何かを煮込んだものなのだろう。

 おそるおそる透明な塊を切り出し、まずは緑色のペーストに付けて食べてみる。


「辛っ‼」


 赤い煮凝りのような物も辛かったが、それ以上にディップした緑色の調味料がくせ者だった。辛い、辛い。水を飲もうとするが、当然のごとく水は別料金。

 それならば我慢じゃと今度は切り取った欠片をピンク色の岩塩らしき物体に付けて食べる。


「……辛っ⁉」


 塩辛いというのではなく、塩がただただ辛かった。もうわけがわからない、自分の想像の範疇を超える事態の連続に彼の脳内は沸騰寸前である。

 辛さに辛さを上塗りしていくせいで、ジジイの最近鈍り気味な舌がピリピリと痛みを発していた。

 ええいままよと今度は赤い香辛料を付けて食べる。


「…………ぅっぁ‼」


 最早声を出して僅かでも気管を震わせたくない、そう思ってしまうほどの鋭い痛み。

 喉が奥の方からヒリヒリするような感覚。 

 たまらず水を注文し、銅貨を払ってから一気にコップを空ける。

 

 一呼吸おき、ゆっくりと息を吐く。舌の上に未だ残る刺激的な味、どうしてかそれがあとを引いた。

 気付けば食べている、そして気付けばまた水を頼んでいる。

 食べる、辛い、飲む、水が口腔をヒリヒリとさせる、そしてまた食べる、より鋭敏になっていく味覚が辛さを鮮明に感じさせる。

 これは…………クセになりそうじゃ。

 ジジイは先ほど見た男と同様に、一心不乱で料理を食べ続けたのだった。


 

 次の日、宿に付いているトイレでディルは絶望にうちひしがれたという。

 こんなことになるのなら、もう二度と食べてなるものか‼

 そう心に誓った彼が昨夜の料理の虜になっていたのは、言うまでもないことだろう。

 ジジイは朝食の際にもドラゴンブレスへと入り、また新たな激辛料理に挑戦したのであった……。

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