第31話

 ギアンの街は、基本的にはカラッとした気候をしている。

 動いているうちに掻いた汗は気付けば乾き白い線へと変わり、水分をこまめに補給しなければ暑さから立ちくらみを感じるという欠点もある。だが全体的に見るなら過ごしやすく、冬場でも凍死するものが出ないような過ごしやすい地域であった。

 ギアンから東へ行きいくつもの街を越えていった先、未だ魔物の驚異の消えていないグスラムの街は、ギアンとはかなり趣の異なる地域だった。


「ふぅ、流石に……暑いわい……」


 湿度の高くジメっとした気候は、気付けば汗を全身から滴る。それが不快感を募らせ、夏場などは特に過ごしにくい。

 蛙や蛇と言った変温動物達が周囲の森に潜むこの地域には、トロピカルフルーツや特殊な肉料理で有名な店が数多くあるということらしい。

 刺激的な香辛料をふんだんに使った料理のツンとして食欲をそそる臭いを嗅ぎながら、ディルは目をキョロキョロと動かしていた。

 はてさてどこがいいかのうと落ち着かなげに首を動かし料理店の立ち並ぶ飲食街をぶらぶらと歩くその様子は、完全にお上りさんのそれである。

 ポケットの中には金貨一枚に満たない程度の数日分の滞在費が入っており、その腰には愛剣である黄泉還しトータルリコールを差している。

 大金を持っておくと落ち着かないために持ってこそいないが、今の彼には金貨十枚分の貯金がある。そう、彼はギルド試験が終わってから十日ほどの時間をかけ、ようやく目標金額である金貨十枚という額の貯金を達成したのである。

 ギルドであればどの支部でも取りに行けるため準備は万端、鎧を買いにいけるお膳立ては既に整っている。


「あつい……」


 だがすぐにギルドに向かうでもなく、ジジイはうだうだと歩いていた。

 この蒸し暑さに思考力を奪われ、おじいちゃんは脳みそがとろけ始めていた。

 どうせならびっしょり汗を掻いてそれを水で流したいもんじゃわい、今のディルの脳内は冷たい水への渇望でいっぱいだった。

 ミースからの薦めにより事前に買っておいたタオルで汗を拭い、うだるような暑さがなんとかならないだろうかと想像しながら暑さに必死で耐えながら物色をするディル。暑さと疲れからか、やはり視線はどこかふらふらとしていて焦点が定まっていない。

 

(……鎧だけ買って、さっさと帰るべきじゃろうな)


 常にうっすらと汗を掻いている状態が続くここの気候は、ディルにはあまり気分の良いものではなかった。

 こんな辺境くんだりまで彼がやって来た原因はただ一つ、貯めたお金で鎧を買い、今の自分に致命的に足りていない防御力を手に入れるためである。

 そしてここの保存の利く料理を買い込んでマリルに送ろうという副二次的な目的もあった。




 

(しっかし街を幾つか隔てているだけなのに……結構な違いがあるもんなんじゃのう)


 歩きながら身体を環境に適応させ、少しこのジメっとした暑さに慣れを感じ始めているディルは、確かな足取りで店を見比べていた。

 ほとんど素材そのままで売っているような場所から、原型がわからないほど煮込まれた料理を出しているものまで、色々な物がある。

 すんすんと鼻を動かしてみるとピリッとした匂いだけでなく、甘ったるい匂いが鼻腔の中にやんわりと入ってくる。

 果物を使った料理というのが、彼にはかなり奇異の目に写った。

 食後のデザートに使ったり、品と品との間の箸休めに食べるのならまだわかる。

 だがこの街の住民は驚くべきことに、普通の料理に果物をぶちこんで甘くしたがるのである。 

 ギアンで見たことのなる肉料理から香るフルーティーな香り、揚げ物にかける甘いフルーツソース、何故か香辛料をかけて辛くしたフルーツ。

 正直なところ、新しいものへの耐性があまりないジジイの理解の範疇を超えていた。

 どこで食べたいか、ではなくどこで食べるのがマシか。気付けば食事処を探す目的自体が変わり始めてしまうおじいちゃん。

 一通り見てみてから、ディルは食べる候補を二つにまで絞っていた。

 辛みと甘味を同時にぶちこみたがるほとんどの店の中で異彩を放っている、甘み特化と辛み特化の店。

 恐らくこの街の味が無理な人間、あるいはこのヘンテコな味に飽きた人間が食べるために入る店と思われるこの二つ。はてさてどちらに入るべきだろうか。

 

(素材を売っている店もあるが……流石に宿でまるかじり、なんてのは味気ないしのぉ……)


 少し悩んでからディルは、食事処ドラゴンブレスという店に入ることを決めた。

 唐辛子を頬張っているドクロの描かれた真っ赤なドアをおじいちゃんはゆっくりと開き、暗い店内へと入っていった……。

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