第30話

「Dランク昇格、おめでとうございます‼」

「ありがとの、精進するわい」


 最終試験である試験官との一騎討ちを終え一日身体を休めたディルは、いつもより起きるのが遅くなり昼前に宿を後にした。

 今まで使ったことがないレベルでの見切りの使用、一手間違えれば即座に重症を負うことになるだろうと確信できるだけの相手のプレッシャー。

 自分よりも遥か格上、何十何百という魔物を殺してきたのであろう人間を相手取るには、少々老骨には堪えた。

 切った張ったの世界に留まるには、少々老いが過ぎるわい。

 いつもよりずっと酷い腰痛を感じながらなんとか歩いてきたディルをギルドで迎えてくれたのは、ニコニコ笑顔のミースである。

 ディルは何かを言われるより前にポケットに入れていたギルドカードを出し、彼女に手渡す。

 だがどうやら準備は万端だったようで、ひったくるように灰色のE ランク用ギルドカードを持っていかれたと思うと、次の瞬間には手に赤茶色の紙が乗る。


「これで新人冒険者卒業、ですね」

「まだまだ新人じゃけどね」


 それはDランク、見習いから脱し仕事としていけるだけの稼ぎを得ることができるだけの実力を持っているという、ある意味では武力の証であった。 

 いつもよりバキバキになっている身体でそれをポケットへしまい、そのままくるりと後ろを振り返る。


「あれ、これから用事か何かですか?」

「いや、どうにも身体がしんどくての。今日はゆっくり眠らせてもらうわい」

「あ……そうなんですか、体調の方は大丈夫でしょうか?」


 自分が無理を言ったせいでディルがグロッキーになっているのではないか、そんな懸念を抱いているのがおじいちゃんにはわかってしまった。

 もしそうかと尋ねられれば答えは間違いなくYesなのだが、時に正直な言葉はどんな刃物よりも鋭い切れ味を持つこともある。 

 嘘は良くないが、正直に言うよりもましな場合というのも、この世には存在するのである。ミースのせいでスライム狩れなかった。そんな風に駄々をこねて他人を困らせる年は、もうとうに過ぎているのである。


「バリバリ元気じゃよ。じゃけどこれだけは忘れんで欲しい。わしは本来なら日向ぼっこしてぼうっとしながら死を待つような、老齢に差し掛かってるということを」

「そ、そうですよね‼ ディルさん元気なのでつい忘れちゃいそうになっちゃいます」

「まぁ、最終試験でもそこそこ戦えるくらいには元気じゃね」

「そうです、試験官のズーニーさんが誉めてましたよ。あんなじいさん、見たことないって‼」

「そりゃわしが言うのもあれだけど、こんな老人がポンポン出てきたらその方が怖いわい」


 適当に世間話や試験の話をしているうちに、ディルの後ろに冒険者がやって来た。適当にヒラヒラと手を振って別れを告げてから、今度こそ本当にギルドをあとにすることにした。



 

 帰りの道中、肩の痛みを感じたために首を左右に動かしてみると、ゴリゴリと鳴ってはいけないような音がした。


(……起きた直後と比べると、少し楽になった気がするの)


 体調は確実に良くはないが、なんというか悪いとも断定できないような感じがあった。

 今自分を襲っているものを例えるとするなら、それは激しい運動をしたあとの筋肉痛のような清々しい痛みなのである。

 これが精神的な充足から来るものなのか、それとも愛剣となった黄泉還しトータルリコールによる若返りの副作用なのかはわからない。

 今までのディルの場合、激しい運動をしてから一日二日経ってから痛みがやってくることが多かった。だが今は動いて次の日には、激しい痛みが彼の全身を貫いている。

 腰が延びたり関節痛が消えたりはしないが、少しばかり生きていくのが楽になった。

 冒険者生活は、良いことづくめじゃの。新しくなったギルドカードに触れながらそんなことを考える。

 ランクは上がりはしたが、そのせいで急に生活に変化が出る訳でもない。ミースの笑顔も見れたし、そう悪いもんでもないじゃろう。


(まずお金を金貨十枚になるまで貯めて、軽くて動きに支障のないような革鎧を買おう。それからは仕送りじゃな。ギアンに来てから食べられるようになった料理を、少しでもマリル達に食べさせてやりたいしの)


 息子のトールのことも頭のほんの片隅に置きつつ、愛しい孫娘のマリルが肉を頬張る姿を想像して少し笑顔になるおじいちゃん。

 とりあえずは、死なんために鎧じゃ。魔物の素材を使った鎧は場所によって随分と値段が変わってくるらしいいから。その辺の選定もそろそろ始めるべきかもしれんの。

 ディルは痛む身体を引き摺り、宿へと戻った。

 そして少し心配そうな顔をするアリスに平気じゃよと言ってから、自室のベッドに入る。

 まだ疲れが残っていたからか、彼が眠りに落ちるまでの時間はほんの一瞬だった。

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