第17話

「ふあぁ……思ってたよりも疲れとるの」


 ディルは朝早くに目が覚め、夜も開けぬうちに眠くなるという老人ムーブの例に漏れず、未だ外で酒盛りしている男達が大勢いる時刻にもかかわらず、かなり眠気が押し寄せてきていた。

 彼は疲れと眠気から遅くなった足を引きずり引きずりなんとか銀色の小鹿亭に帰り、お土産に買ってきたまだほのかに温かい串焼きをアリスに渡してから、自室に帰ってきていた。

 部屋に戻ってから、今すぐベッドに飛び込みたい衝動が襲ってきた。

 だがやらねばならぬことがあると自分に言い聞かせ、なんとかベッドの上に胡座をかいて座ることに成功する。


「ふぅ……今日はなんというか、実感したの。冒険者になりたがる者が多い理由の、その一端を」


 ディルのスライム討伐は順調に進み、彼の持ち運ぶスライムの核の数は時間の経過につれてどんどんと増えていった。周囲の駆け出し冒険者達が悪戦苦闘し、遠くにいたベテラン冒険者達が自分達のランクからするとわりの合わない討伐に苦心している間も、爺はただひたすらにスライムを突き殺し続けた。

 スライムの良いところは、この魔物には肉と呼べるような部位がないことである。突き刺してから引き抜けばこそぎとれた肉がつき、木剣の動きと鋭さが大きく鈍くなってしまうゴブリンと比べると、一撃で殺しさえすれば全て液体に変じ溶けていってしまうスライムは本当にありがたい存在だった。

 密かにああ、世界の魔物が全部スライムだったらわし億万長者になれるのにと心の中で呟いたりもしていた。もちろん不謹慎なために、言葉に出していうようなことはしなかったが。

 ディルはあまり金銭欲のない老人ではあるが、別に金なんてある分には困らないだろうという一般的な感覚もしっかりと備えている。

 今後息子のトールに金の無心をしたり、よぼよぼの老体で返せないような額の借金を背負わずに済むように、金は何にかけても必要なのである。

 自分にとって効率の良いと思える稼ぎ方がとりあえず一つ見つかり、ディルは内心でかなりほっとしていた。

 スライムの核をたくさん運ぶ事自体が老骨にはしんどかったりもするが、彼が可能な範囲ギリギリで運搬をするだけで、貯蓄に回す分が出来るくらいの金銭的な余裕は出来そうである。

 この方法である程度金銭を蓄えることが出来るのなら、装備の充実が十分に視野に入ってくるのぉ。

 明るい展望を抱きながら、ディルは腰に備え付けていた巾着袋を外す。

 それからベッドから降り、床に尻をつけてから巾着袋をひっくり返して中身を床にぶちまけた。

 金勘定をするのは正直面倒ではあるのだが、銅貨一枚に泣くことがあるかもしれないと自分に言い聞かせ、一枚一枚をしっかりと数えていく。

 ディルが今日手に入れたスライムの核は合わせて二十個、つまり銅貨換算で四十枚、銀貨換算ならば四枚という中々の額になった。

 冒険者としてある程度のキャリアのあるミルチとクーリ達の先導を受け、彼らに頼りっきりで行ったゴブリン討伐とほとんど同じだけの額が稼ぎになっている。この事実は中々に驚くべきものである。飽きずにスライムの核を溜め込んだり研究に使ったりしているらしいお貴族様には足を向けて寝られんの。

 一生分の稼ぎを得たわけでもないのに、ディルはどこか左うちわな様子である。自分でもしっかりとお金を稼ぐことが出来る、つまり回り回って誰かの役に立つことが出来ている。

 戦闘力の供出という形で行われた労働が金銭へと、つまり仕事の成果へと変換されるというのは、ディルに久しく感じていなかった仕事のやりがいというやつを思い出させた。


 彼が今日の宿台に使った料金、ミースと割り勘した食事代、アリスに買ってきた安めの串焼き、これらの代金が銀貨二枚分と少しである。

 持ってきた分の銀貨一枚に昨日の稼ぎの銀貨三枚と銅貨六枚、そして今日の銀貨四枚。

 差し引きディルは現状、銀貨六枚ちょっとの手持ちがあった。

 ここから明日の宿代を抜き、食事代を切り詰めれば、銀貨五枚を捻出することは恐らく可能だろうと思われた。

 彼が当初設定していた銀貨五枚という目標は、意外にも二日目にして達成することが出来たのである。

 ディルが金額設定をその額にしたのは、自らが新しく購入する武器の下限額が銀貨五枚だと聞き及んでいたためである。

 つまり今自分の手元には、木剣以外の装備を整えられるだけの金があるということになる。


「ほっほっほ」


 少し有頂天になるおじいちゃん。

 この二日間で今まで使ってきたどんな農具よりも親しみを持ち始めている木剣ではあるが、やはり木材である以上金属にはどうしても劣る。

 個人的に気に入っているために今後素振りする時に使うくらいならばありだろうが、今後も木刀で戦い続けるというのは流石に難しいと言わざるを得ない。

 木剣が折れたらどうしようとそんなことを悩んだのは既に一度や二度ではなかったが、この貯金のおかげでもうそんな悩みとはおさらばである。

 明日は鉄剣を購入し、そして何か魔物でも狩ってみてその素晴らしさを実地で経験しよう。

 何かを達成したらまた新たな目標とすべきことが現れる。そんな当たり前のことが、ディルにはどうにも楽しくてたまらなかった。

 彼は金をしまい直してからベッドに入り、重くなりはじめていた瞼をゆっくりと下ろしていく。

 明日握ることになるであろう武器の感触を想像しながら、ディルはすぐに眠りに落ちた。

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