第18話
前日、何やらこ洒落た敷居の高そうなレストランに入った際、ミースからは二つほど武器屋のオススメを聞いていた。場所も教えてもらっているために、彼の足取りはしっかりとしている。
ディルは宿を出てから教えてもらった鍛冶屋のうちの一つ、ディギンのトーラス工房へと向かっていた。
「ほっほっほ」
ミースがことあるごとに薦めて来た五つほどある防具屋の軒先をスルスルっと抜けていき、ジジイは一心に武器屋へと向かっていく。
怪我をしないようにするよりも、相手にデカい怪我を負わせた方が強いじゃろ。
そんな世紀末な思考をしながら歩くディルのスピードは、こいつ本当に老人かよと突っ込みたくなるほどに速い。
爺が結構な速度を出していることに、思わず通りすぎた彼を見返してしまうおっさん達が続出するほどには、ディルは素早かった。
「なんだ、あのジジイは⁉」
「あれ本当にジジイなのか、実はドッペルゲンガーだったりしないか?」
風と共に去っていく老人は、わしは純正たるジジイじゃよと内心で答えながらも歩くペースは落とさなかった。
期待に胸を膨らませている彼には、周囲のことなどまったく気にならなかった。そしてついでに言うのなら、色々なことに気を向けてすらいなかった。
本来なら銀貨五枚をキープして何時でも帰れるようにしておいたり、村へ定期的に品物を卸してくれる商人に仕送りや手紙を頼んだりと色々なことが出来るはずである。
だが悲しいかな、未だ少年の心を忘れないジジイは目先のことにとらわれてしまっていた。
より正確な言い方をするのなら、とらわているとわかった上で諸々を放置していた。
ああ武器欲しい、良い武器欲しい。三歳児にも劣るような直情的思考で武器屋に向かう彼は、若々しいというか精神的に子供じみ過ぎている感がしないでもない。
ディル自身、自分が浮き足だっていることには気付いていた。
「ほっほっほ」
だがディルは駆けるのを止めない。
このまま剣買って、ばっさばっさ魔物を狩って、金を貯めて仕送りするんじゃ。
彼は自分が強くなっていく感覚が好きだったが、それ以上に孫のことが好きだった。
自分の子供が息子で大して可愛げもないクソ真面目な男だったせいで、純真で可愛らしい孫のマリルへ向けられる愛情はそれはもう強いのである。
今彼女へ仕送りをしないのは、自分の思いを優先させるからである。
今の銀貨五枚ではなく、将来の金貨五枚じゃ。
まるで美人局に貢ぐダメ男のような発想で、ジジイは走った。
そして数分後、お目当ての場所に辿り着く。
そこは想像していたよりも地味な場所だった。
トーラス工房と汚い字で書かれた看板が鉢植えの木に提げられているから間違いはないと思うんじゃが……と店の面構えを見る。
全体的に薄汚れた外の塀、その中にある灰色の家屋。
ちらと見える店内には大した明かりもついていないようで、店内はかなり暗そうだ。
「辞めちまえ、カスがっ‼」
「わっ……でっかい声じゃの、外まで響いとる」
中からはくぐもった怒声のような声が響き、ディルは思わずビクッと身体を動かす。
恐らく店員を叱っているのであろうその声は、店からまだ大分離れている爺の方にまで届いていた。
周囲に立ち並ぶここより数段上に見える鍛冶屋から鳴り響く槌の音よりも大きなその声は、客を遠ざるためにわざとやっているとしか思えないほどにうるさい。
こんなんじゃ、流行らないのも当然じゃの。全体的に流行が二世代ほど遅れているジジイであってもわかるほど、この工房は古くさい。
恐らく職人気質な親方が経営している店なのだろう。売り方を研究するというよりかは良いものを作ろうとする実直な人間がやっている店というものはこんな風に一見を寄せ付けない店構えをしていると聞いたことがある。
「じゃがなんか、安心するの。昔はこういう店ばっかしじゃったから」
見た目なんぞ地味だろうがなんだろうが、良いものなら客はついてくる。昔はどこもかしこも見栄えのしない、けど長持ちするような商品を作ったもんじゃ。
多少不便で無骨でも、長く使える物の方が結局は良いものなんじゃよね。
ああ、昔はよかったんじゃけどなぁ。
思い出補正を発動させて過去の記憶を揺り起こし、懐かしさを覚えるディル。最近の記憶よりも昔の記憶の方が覚えていて、しかも都合良くそれを美化してしまうというのは、老人の常である。
ノスタルジーを感じ少し感傷に浸りながら、こんな風に考える時点でわしももうダメじゃねと諦めたように笑う。
「……っと、いかんいかん。気持ちくらいは、まだまだ若いままでいないとの」
変化があったのならそれに反発するんじゃなく、受け入れる度量が必要じゃよね。昔じゃなくて今を生きとるわけじゃし。
昔を懐かしむディルおじいちゃんではなく、新人冒険者のディルおじいちゃんとして彼は店へ入っていった。
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