第15話

 テクテクと歩きながら探していると、おあつらえ向きに一匹でプルプルと震えているスライムの姿があった。

 近づきながら確認してみると、大きさはディルの膝下くらいで、かなり小さめに見える。

 色は青く、半透明で向こう側の地面が透けている。

 震えているから踏ん張ったりしているのかとも思い少し確認していると、どうやら全身を震わせながら動くのがデフォルトなようだった。

 ディルはあたりを念入りに確認し、今自分が相手取ろうとしているスライムを他に狙っている人間がいないかをチェックする。

 冒険者同士の獲物の取り合いはどんな時でもご法度、一度やってしまえば冒険者同士どんな事態が起こってもギルド側は関知しない。

 くれぐれも問題ごとは起こしてくれるなと口を酸っぱくしていたミースの言葉を思い出しながら左右に指差し確認。問題がないのを確かめてから木剣を右手に持ち見切りを発動。

 足裏を地面につけたままヌルヌルと近づいていくと、かなり側まで寄っていったところでようやくスライムがディルの接近に気付く。

 明らかに耳はついていないが、どうやって察知したんじゃろうかの。

 少し気になりはしたが、考え事をしながらでも彼の最適化された身体の動きは健在であえる。

 スライムがブルッと震え、一瞬縮こまった。そしてびよーんと間抜けな擬音が出そうな様子でジャンプして、ディルの顔を覆うと跳んでくる。

 筋肉がないにもかかわらずその跳躍力はかなり高く、まっすぐディルの顔面目掛けて襲いかかってくる。

 首をひょいと横に動かし剣を首の横、顔が元あった位置に添える。

 すると次の瞬間にはスライムが自分から剣へと突っ込んでいく。そして勢いのついたボディプレスで木剣を思いきり自分の肉体へ差し込んでいき、剣はあっさりと核に届いた。

 剣にへばりついたスライムは重く、ディルは一度木剣を離し死にかけのスライムと距離を取った。

 核の傷ついたスライムはまともに動くこともなく、痙攣したまま木剣と一緒になって地面に横たわっている。

 少しすると、グズグズと音を出しながら肉体がかなりさらっとした液体に変わり、地面へと染み込んでいった。一瞬だけ手首に触れた感じかなり弾力が高いように感じたのだが、ただの井戸水のようにサラッと地面に流れ、土に吸収されて消えていってしまった。

 そして後はポツンと真ん中に穴の空いた核が残るだけだ。

 核の大きさはディルの拳よりも小さい。年を取り大分萎んだ手よりも小さいのだから、サイズとしてはかなり小ぶりである。

 これ、もしかして滅茶苦茶楽じゃね? ちょっと若者言葉を駆使するくらいには気分が良くなったディルは、辺りを見回し新たな獲物を探すことにした。

 スライムの姿は見える位置にあったが、残念ながら他の冒険者達と戦闘をしている最中だった。どうせなら観戦でもしてみようかのと彼らの戦いぶりを見てみると、なんとなくスライム討伐の代金がそれほど落ちない理由がわかった。

 恐らく駆け出しの新人冒険者パーティーだと思われる二人組は、あっさりと倒してみせたディルとは違い、二匹のスライムを相手にかなり悪戦苦闘していたのである。

 彼らはそこそこ早い突きでスライムを穿とうとするのだが、中々核には当たらない。どうやらスライムは核は動かせなくとも核の周囲の肉体を動かすことは可能であるらしく、ある部分を肉厚にしたり攻撃の来ない部分を薄くしたりして戦いに工夫を凝らしていた。 

 それに厄介なことに、やはり生きているスライムの肉体は中々に粘度が高いようだった。

少年達は気張りながらなんとか剣を引き抜いており、その動作の最中に危うく顔を塞がれかけている。戦いは終始危うげに進み、もしもの時は助けに入ろうとしていたディルが臨戦態勢を解くまでにはかなりの時間がかかった。

 スライムによる肉体の移動、動く標的の、かなり小さな一部分を狙って一撃を入れなければいけないという制約。そして気を抜けば窒息死しかねないという危険性。

 新人冒険者が相手取るのは、実は結構難しいのかもしれない。下手を打てば確実に死ぬスライムよりかは、動きも遅く単調で狙いを絞れば確実に討伐可能なゴブリンを倒した方がいいような気がする。

 スライム討伐の現実を見たディルは顎に手をやって……そしてニヤリと笑った。


「これ…………わしの独壇場じゃないかの?」


 どうすれば最適なのかを身体が教えてくれる見切りを使用して一撃を放てば、確実に核に攻撃を当てることが出来る。間違えることのない一撃確殺が可能なのだ。

 殺し木剣にへばりついたスライムの肉体が溶け出すまでは回避に専念さえしていれば、複数を相手取ることも十分に可能なように思える。

 ディルは血眼になって周囲を探し、新たに現れたスライムに向かっていく。

 今の彼には、スライムが銅貨二枚にしか見えなくなっていた。

 ディルは一瞬の交錯の後にスライムの核を穿ち、一瞬で討伐を終える。そして新たな獲物を探すために、再び目を光らせた。

 これは……いける。ディルは今日中に鉄の剣が買えるようになるかもしれないという予感に身を震わせながら、また新たなスライムに向けて滑らかな歩行で向かっていった。

 その尋常でない動きを見てブルッと大きく身体を震わせたスライムがどうなったのかは……言うまでもないことだろう。

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