第12話

「それじゃあとりあえず……なぁ、何に乾杯すればいい?」

「明るい未来に、とかでいいんじゃない」

「はい、明るい未来にかんぱーい‼」

 

 水筒のコップを打ち合わせてから、入れていたものをググッと一息に飲み干す。水筒に入っているものなのだから、当然酒ではなくただの水である。だがこういうものは雰囲気が大事なのはわかっているために、ディルもほっほっと笑いながら杯を交わすことにした。

 ここは酒が樽ごと消費され辺り一帯に怒号が響く食堂……ではなく、ディルの泊まっている宿屋の一室である。

 狩りが終わってから、どうせなら一緒に食事でもしようじゃないかと提案をしたのは、ディルからだった。今日の稼ぎで余った分を使い奢ろうとした彼を止めたのは、しっかりとした金銭感覚を持っているミルチであった。 

 奢ろうとするディルとそんなことに一気に金を使うなんてバカらしいと繰り返すミルチの意見を折衷し、彼らはディルの寝泊まりにしている一室で打ち上げを行うことにしたのである。

 食事はクーリ達が用意した屑野菜炒めと、なんだか黒ずんだよくわからない肉の香草焼きらしきもの。持ち物は各自が持ち寄った若干変な味のする水。

 打ち上げ代はなんと驚きの銅貨三枚、ここは恐らく今宵ギアンの街で最も安く済ました打ち上げの場だろう。

 あたりはどこまでも静かで、周囲からはほとんど音が聞こえない。数人の足音も聞こえているし、連れ込もうとしたあたりでアリスからあんまりはしゃがないようにと厳重注意を受けていたために声こそ抑え目ではあるが、間違いなくこれは討伐成功を祝った記念祝賀会である。


「思っていたよりも稼げたの」

「確かにいつもよりは巣穴を多く見つけたが……まぁこんなもんだろ」


 今回ディル達が潰した巣穴は合計で五つ。それに単体行動を取ったり巣穴から追い出されたゴブリン、いわゆるはぐれを合わせると彼らが倒したゴブリンの総数は三十六。

 一匹あたり銅貨三枚のためにトータルだと百八枚、一人頭で割っても銅貨三十六枚分、つまり銀貨三枚と銅貨六枚ということになる。

 これが高いか低いかということになるとあまり高額とはいえないかもしれないが、ディルからすると十分な額であるように思えた。

 正直なところ出てくるゴブリンを狩るだけでまともに探索の手伝いも出来なかった。その分少し分け前を減らしてくれという提案は、どういうわけか受けてはもらえず、彼はきっちり三分割された報酬を受けとることになった。

 銀貨三枚と銅貨六枚というのは、一日で鉄剣の代金を稼ごうなどと考えていた討伐をこなす前の自分の想定よりかは遥かに少なかった。だが敵の命を奪い、自分の命を危機に晒したという感覚のおかげだろうか。彼の手に乗せられた銀貨は、ディルには自分がしこしこと貯めてきた銀貨よりもはるかに重いものに感じられた。

 今回は彼らのサポートが有ったからかなり多くの戦闘をこなせたものの、いつもこんな風に上手くいくわけではないだろう。クーリ達でも坊主の日もあるということだから、自分一人では何匹狩れるのか、正直な所既に不安しかない。

 ゴブリン討伐は捜索に時間がかかりそうであるために、明日はスライム退治を受けることにしよう。ディルは今日の経験を受け、そんな風に考えていた。

 敵が湧くような場所で、好きなだけゴブリンを狩ることができ、かつ休憩が取れるような場所があればいいのに。そんな無いものねだりをしたくなるほどには、捜索は手間のかかるものであるように思えてしまった。


「魔物を倒すだけでいい場所とか、ないかの?」

「はは、まぁ確かにじいさん体力あったりなかったりするもんな。戦うだけの方が気楽っていうのはわからんでもないが」

「迷宮とか、行けばいいんじゃない? あそこは敵が出ずっぱりでひたすら戦う場所って聞いてるわよ、その分精神がゴリゴリ削られるらしいけど」

「ほう、迷宮とな……」


 魔物が跳梁跋扈し危険に満ちた迷宮というものの恐ろしさは、人伝に聞いたことがある。

 なんでも魔物と戦い続けられるほどの実力がなければ、即座に迷宮の一部になってしまうという話である。だが危険も多い分そこから出土する逸品などには高値がつくことも多く、一攫千金を狙う冒険者達はこぞってそこへ行くという話である。


「実はわしも行きたいとは思っとるんよね」

「おいじいさん、絶対止めといた方がいいぜ。あそこは致死率高すぎてまともに帰ってくるのも難しいって話だ」

「そうなんじゃけどね、……あれじゃよ、迷宮からはポーションが出るじゃろ?」


 ディルは宝物に関してはあまり興味がない、最低限の金があればいいという考えからすれば、そんな命知らず達の墓場に突っ込む必要はない。

 だがディルは個人的に、迷宮に挑みたいと考えていた。そこから出土するポーションと呼ばれる薬品が、彼には気になっているのである。

 ポーションを使うと、この経年劣化で痛む関節や骨の痛みが消えるらしいというのは有名な話だ。お貴族様はポーション漬けでお抱えの回復魔法使いに日がな回復をかけてもらっているという話だから、その効果のほどは確かなのだろう。

 以前と比べると若干減ってきている気はするのだが、やはりそこそこの頻度で戦いの最中に鈍い痛みがやって来るのは戦いを生業にするには致命的である。

通常の傷を塞ぐような薬では消えない痛みというやつを、ポーションや、あるいは魔力を込めて作った特殊な回復薬というやつは消し去ってくれるらしい。

 装備をしっかりと整えてからの話ではあるが、やはり迷宮に入りこの身体を万全にして戦ってみたい。そんな考えが頭を過るほどには、今のディルは活気に満ちていた。

 その溌剌とした様子を見て、クーリが笑う。


「俺もこんな年の取り方をしてみたいもんだね」

「あら、絶対止しといた方がいいわよ。おじいさんになっても戦いづくなんて、家族が嫌がるわ絶対に」

「そりゃ、そうかもな。だがこのエネルギッシュな感じは素直に凄くないか? 六十ってなんかもっとこう……老いって感じがするもんじゃんか」

「それは確かにそうね。ねぇディルおじいちゃん、若さの秘訣ってなに?」


 その質問に対し、ディルは胸を張ってこう答えた。


「孫に見せて恥ずかしくないようなお爺ちゃんであろうとする気持ち、かの」


 まだまだ若いなと言う二人の引き笑いに釣られて、ディルもつい笑ってしまった。

 明日は鉄剣を買うためにスライム討伐。そして装備を整えたら関節痛と軋みを治すために迷宮行。やることが決まれば、やる気も満ちてくる。

 ディルは明日以降も楽しくなりそうだと思いながら、うっすらと苔っぽい味のする井戸水を啜る。

 ジェネレーションギャップを感じながらも同時に強い新鮮さを感じさせる話し合いは、夜が更けるまで続くのだった。

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