第11話
ゴブリン達の住居を探すのはそれほど難しくないというのは、あまり生態について詳しくないディルであっても容易に理解することが出来た。
彼らには思考能力と呼ばれるものがほとんどない、故に自分達の足跡を隠すようなことも当然しない。
彼らの足跡を追いかけていけば、それだけで彼らの穴居を特定することが出来た。距離もそれほどかかったわけではない、移動にのために使用した見切りは一回だけだった。
穴の近くへ入る時、クーリが小さく呟いた。
「じいさん、魔物の巣穴を潰した経験はあるか?」
「ない」
「そうか、それなら一応注意しておくが……躊躇うな。まだいたいけな子供だろうと、殺せ。そうしなければ俺達の知っている人達が殺される、容赦はするな」
「……わかった」
今でこそ人間達による領域が大きく広がっているが、そもそもの元を辿れば人間と魔物というのは同じ世界で生存競争を行う、潜在的な敵同士である。
魔物と人間との間では生殖が行えぬため、人間同士の争いと比べると少しはマシかもしれない。ただ殺され餌にされるだけで、生きたまま地獄を味合わされる心配はないのだから。だがそれは別に、魔物を放置していい理由にはならない。
今はまだ、人間が勝負には勝っている。だがゴブリンの繁殖能力は驚異的だ、もしかすれば数十年後には、彼らが世界中の土地を闊歩する陸の支配者になっている可能性は高い。
その時に殺される人間の中には、マリルやトール、あるいはこの街で生きているミースやアリスが入る可能性だってある。そう考えれば、手心を加えることなどありえない。
言葉の通じる人間を殺すとなれば若干の抵抗は感じるかもしれないが、ゴブリン相手ならばなんとかなるというのが実際に一体殺してみてのディルの感想である。
クーリはかなり自分のことをおもんばかっているのはわかったが、その考えは少しばかり間違っていると言わざるをえなかった。
ディルも昔は野良犬を殺してから鍋にしたり、王都で死刑の執行を見てはしゃいでいたこともある。残酷なことに対して、最低限の耐性はついているのである。
(じゃが……心配してもらえるだけ、ありがたいってもんじゃ)
クーリの心配は無用なものではあるが、ディルにはその心遣いがありがたかった。人の心からの思いを無下にすることなど、ジジイの矜持が許さない。
「よし、行こうかの。そう心配せんでも大丈夫やよ、案外ジジイの精神は強いからの」
「そ、そうか……」
少し不思議そうな顔をしているクーリの前に出て、ディルは一番乗りで穴の中へ入っていった。
中にいたのは雌のゴブリンが二体、そして一回り身体の小さな子供らしきゴブリンが三体。ディルの侵入に気付いた雌のゴブリンは我が子を守ろうと立ち上がり、子供のゴブリンは恐怖からか鳴き声を上げて後ずさった。
「謝りはせん、じゃから好きに恨むといい」
ディルは音もなく動き、雌ゴブリンの目玉に木の剣を突き刺した。眼神経の奥にある脳にまで剣を届かせてから、態勢を崩させる重力に従って木剣を抜く。そして自分目掛けて素手でやって来たもう一体の頭に剣を打ち付けて倒す。彼が二体を相手取っている間に、奥の方に逃げようとしていた子供のゴブリン達の首をクーリが刈り取っていた。
やっぱり魔物も……子供を守ろうとするもんじゃの。
少ししんみりとした気分になってから、爺は再びクーリに耳の切り取りを頼んだ。
特に意味があるわけではないが、ディルは一ヶ所に集められたゴブリン達に黙祷を捧げた。
すまんの、こっちも生きなくちゃならんのじゃ。
目をつぶり胸に手を当てながら祈っていたディルの肩が、ポンポンと叩かれる。
「ほら、言わんこっちゃない。別に全部俺がやっても良かったんだぜ?」
「いや、いずれやらなくちゃいかんことじゃし今やっとこうと思ったんじゃよ」
「まぁ、こればっかりは慣れだからな。回数をこなしていくしか対処法はない、俺も最初の頃は丸一日ご飯が喉を通らなかったしな」
「そうか……難儀なもんじゃの、冒険者というやつも」
「当たり前だろ、最低の職さ。だけどその分夢とロマンが詰まってる、だからなろうとするやつが後を絶たないんだ」
もしかしたら自分が考えていたよりも、冒険者というのは厳しい商売なのかもしれない。正直に言って、見通しが甘かったと言わざるを得ないだろう。
「ほらディルおじいちゃん、辛気くさい顔してないで次行くわよ。もっと稼がないと」
「……それもそうじゃの」
(じゃがまぁ、これもまた自分が選んだ道だしの)
ギアンの街は村では考えられなかったほどの刺激に満ちているし、孫ほど年の離れた知り合いも沢山出来た。まだ長い時間過ごしたわけではないが、この生活も中々どうして悪くはないだろう。
頑張って生きていこう、農作業の出来ない爺ではなく新人冒険者のディルとして。
彼は決意を固め、最後にもう一度だけゴブリン達の死骸を見た。
それからうんと一つ頷き、そして洞穴を後にした。
外へ出た時のディルの顔は、六十を超えているとは思えないほどに活力に満ちている。ここから、彼の冒険者生活が始まるのだ。
ディルはまだ見ぬ未来を思い、よぼよぼの顔に力強い笑みを浮かべる。そしてクーリ達の後を、必死になって追い始めた。
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