第10話

「来たぞ、数は三。ミルチは先頭のを焼いてくれ、あとは俺が二体仕留める。ディルじいさんは……適当にやれることをやってくれ」

「了解」

「わかった」


 未だ姿が見えていないにもかかわらず異議を唱えることもなくディルは頷く。

 今さら疑うような真似をする必要はない、あとは信じてただ備えれば良い。彼はごくりと唾を飲み込み、まだ見ぬ敵の襲来にその身を震わせる。

 遠くから聞こえる唸り声を聞いてから暫くして、ディルにもようやくゴブリンの姿を見ることが出来るようになった。

 見切りを発動させ、あたりから攻撃が来ないかを確認する。反応はないために、伏兵や木陰からの弓兵といったものは想定しなくても良さそうだった。

 声のした方角をじっと見つめていると、木の後ろから勢いよく飛び出してくる三体のゴブリンの姿があった。

 背丈は腰の曲がったディルよりも少し小さいくらい。背筋は全体的に曲がっていて、どことなし年を取っているようにも見える。

 全身を覆うのは大きな一枚の布であり、彼らは倒木を削ったような形の武骨な棍棒を持ちながら雄叫びをあげ、こちらへと近付いてくる。

 ディルとクーリが前に出るのと同時、彼らの間を縫うようにして炎が瞬きながら空を駆けた。恐らくあれが魔法なのだろう。初めて見る幻想的な光景ではあったが、ディルは意識を目の前の敵に向けているためにそれを鑑賞している余裕はなかった。

 炎の熱線は先頭のゴブリンの胴体に当たると、肉が焼ける音と臭いがあたりを満たす。魔法が終わるのと同時後ろから足音が聞こえてくる、ミルチがクーリの後方へと移動している音だろう。

 苦しみながら足を止める先頭の一体に痺れを切らした二体が左右別々に別れて二人の方へとやって来る。右にいたクーリには大きめの一体が、左にいたディルには小さめの一体が向かってくる。

 ディルはクーリよりも気持ち前に出たが、もう片方の一体が彼の方に向かってくるようなことはなかった。

 牽引に失敗した段階で、ディルは最初に二匹くらいならば相手取っても大丈夫だろうどこか余裕ぶっている自分がいることに気付いた。彼は自らを戒めながら一度大きく息を吸い、木剣に触れる。

 目の前の敵、自分が初めて見るゴブリンという魔物をじっと見つめた。

 緑色の体躯、黄ばんで所々が黒ずんでいる歯、生理的な嫌悪感を催すような下卑た顔つき。

 確かに見ただけで人間とは相容れない存在であることがわかる。下手に人間に似ておらんでよかったわいと爺は少しだけ安堵した。

 

「ギギイッ‼」


 金属を擦れ合わせるような耳障りな声を発しながら突貫してくるゴブリンを見ても、ディルに動揺はない。

 棍棒を振り上げながら迫ってくる相手を見て、木剣を正眼に構える。

 相手がドンドンと距離を詰めてくる、そして攻撃の射程圏内に入ると、高く掲げていた棍棒が振り下ろされる。


「遅いの」


 その一撃を難なく避けるディル、その回避は最小限であったために、彼の側頭部の頭髪が風圧でふわりと浮いた。

 攻撃のカウンターとして置いておいた木の剣が、ゴブリンの喉を刺し貫いている。

 気道が塞がれ呻くゴブリンの足を崩し、そのまま地面へと倒す。

 喉に刺さった木剣が自重で更に深く入り込み、ゴブリンはピクピクと身体を痙攣させ始めた。

 ちらと横を見ると、近くでクーリが難なくゴブリンを引き裂いているのが見える。あの切れ味の良さがあれば、わざわざ突きを選択せずとも相手を倒せそうだ。

 首の角度を変え未だ息絶えぬ魔物を見下ろすディル、木剣でも倒せることは倒せるのだが、これだと殺しきるまでに時間がかかる。

 喉を貫き脛椎を抜け飛び出している木剣をよっこらと抜き出してから、ゴブリンを真似て木剣を振り下ろすディル。

 大振りの一撃を頭に当てると、ゴブリンは一撃で昏倒し動かなくなった。念のためにもう一度振り下ろし、しっかりと絶命させておくことにする。


「ふむ……とりあえずは、なんとかなりそうじゃの」

 

 装備の都合上二体以上を相手取るならば時間がかかりそうではあるが、この程度の戦闘力ならば今の自分でも十分なんとかなるじゃろう。

 ディルは討伐証明部位である左耳をどうやって剥ぎ取ろうかと考えていると、クーリが小さなナイフでそれを剥ぎ取ってくれた。


「ありがとの」

「礼はいい。こいつらは全員雄だ、多分近くに雌と子供の住んでる穴があるだろうから、次はそこを探す」

「わかった」

「普通に戦えそうだから、報酬は最後に三等分で構わない」

「了解じゃ」


 ディルは辺りから痕跡を探っているクーリを見て、もう一度心の中で礼を言っておくことにした。

 彼の飯の種を見せてもらっているわけじゃから、後で食事の一つや二つは奢ろう。

 手を振って進む方向を示す彼についていくディル。

 世の中まだまだ捨てたもんじゃなさそうじゃ。彼はそんな風にじじくさいことを考えながら、再び見切りを使用した。

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