第7話

「ったくよぉ、ミースさんも困ったもんだよな全く。いくら顔が可愛いからってさぁ、なんでも横暴を許しちゃったらおしまいだぜ」

「……クーリはああいうのがタイプなんだ」

「はぁっ⁉ 全然そういうんじゃねぇよ。美醜と好悪は別もんだろ。ギルドの受け付け嬢なんていう自己顕示欲の塊なんか、こっちから願い下げだっての」

「ふ、ふーん……そうなんだ……」


 歩きながらも元気に会話を続けている少年と少女は、その名をクーリとミルチというらしい。

 なんというか、好意が隠せてたり見えてたりする様子は見ていて懐かしさのようなものを感じさせる。不機嫌になったかと思えば上機嫌になったり、相手の一挙一投足に舞い上がったり落ち込んだりするのを見て、若さじゃなぁと思うディル。

 微笑ましい、非常に微笑ましくはあるのだけれども………


「ちょ、ちょっとペース落としてくれんかのぉ……」


 彼らのしゃっきりとした歩行は、よぼよぼの爺には少し速すぎる。ディルは見切りをなるべく使わずに着いていこうとしていたのだが、既にもう何度か使い強引に誤魔化しながらなんとか三歩後ろあたりを維持しているというのが現状であった。


「……じいさん、これでも結構ペース落としてるんだぞ。これ以上ゆっくりしてたらゴブリン一匹も狩れないうちに日が暮れちまうよ」

「そうよ、冒険者は身体が資本。歩き続けることも出来ないならやっていくのは難しいわよ」


 後ろを振り返り仕方無いなとばかりに更に少しだけ速度を落とされ、ディルは流石に申し訳なさが勝ってしまった。

 戦いで役に立とうと使用は押さえ気味だった見切りを全力で連続行使し、時折身体で覚えた歩き方を実践して前に進む。

 見切りの効果が一度切れると、既に二人の姿が見えなくなっていた。後ろを向くと呆けたような顔をするクーリとミルチの顔が見える。


「すまんの、とりあえず後先考えず行けるとこまでは全力で行かせてもらうことにさせてもらおう。まぁ、休みは挟ませてもらうがの」

「……なんだよ、やれば出来るんじゃんか」

「え、ていうか今の何? 滅茶苦茶速くなかった?」


 見切りの効果時間一杯のうちに前進しようと、ディルは二人を背にしながらただひたすら前に進み続けた。


「ちょ……あのじいさん、速いぞっ⁉」

「幾らなんでも極端すぎるでしょ、速すぎか遅すぎしかないのあの人の脳内には‼」

「よしミルチ、追うぞっ‼」

「ああっ、ちょっと待ってってば‼ 私走るの苦手なんだって‼」


 後ろに聞こえる声を雑音と思いながら、ジジイはひたすら距離を稼ぐことに腐心した。

 迷惑をかけてはいけない、その思いが強くなりすぎて逆に迷惑をかけていることに、悲しいかな彼が気付くことはなかった。







「ぜぇっ……ぜぇっ…………じいさん、あんた化けもんじゃねぇか。白髪の老人の体力じゃねぇぞこれは……」

「いやぁ……流石にわしも、これ以上は無理。ちょっと休ませてくれ」

「いや……正直見直したぜ。そんな年から冒険者始めるなんて悪ふざけかとも思ったけど、どうやらそうじゃないみたいだし」


 ディルとクーリは二人でぜぇぜぇと息を吐きながら、木陰で立ち止まり汗を拭っていた。 

 集中しすぎたあまり途中で使用回数を忘れてしまったほどの見切りの連続行使を行い、ディルは戦う前から疲労困憊である。

 

(い、いかん……年甲斐もなくはしゃぎすぎた……)

 

 ペース配分を考えずに進み過ぎたせいで戦えなくなってしまっては元も子もない。というか走ることに集中しすぎて、周囲の警戒を碌にしていなかった。恐らく見切りスキルで対処は可能だったようにも思えるが、それでも完全に走行に没頭してしまったのは明らかな間違いだろう。

 今後はもう少し自重しよう。大きく深呼吸をしながら自戒していたディルは、クーリが自分を見る目が少しだけ変わったのを見て取った。


(……まぁ、パーティーメンバーとの交流と考えれば、そこまで悪いことでもないかもしれんしの)


 自分が完全に役立たずではないということを示せただろうか。

 ディルは後ろを振り返り、競走に全力を出しすぎたあまりに完全に置いていってしまったクーリの小さな姿を探す。


「じいさん、あんた名前は?」

「ディルじゃ」

「そうか、じゃあディルじいさんでいいな。俺はクーリ、好きなように呼んでくれ」

 

 名乗り返してくれたことに少し嬉しくなるディル。孫ほど年が離れた仲間が出来るというのは初めての経験だったが、存外悪くないように思える。

 仲良くなった原因がかけっこというあたり、男はいつまで経ってもガキというのは本当のことなのかもしれない。


「ちょ、ちょっと……もうちょっと労りなさいよー……バカじゃないのあんた達、これから戦うのに体力消費してどうすんのよー……。これだから男って……まぁ、片方はおじいちゃんだけどさっ‼」


 遠くから若干間延びして聞こえる声が徐々に大きくなってくる。

 ようやく近付いてきたミルチを見てクーリが笑い、ディルの肩をパンパンと叩いた。


「これだから女は、男のロマンってやつをわかっちゃいない。なぁディルじいさん、あんたもそう思うだろ?」

「いや、わし的には全面的にミルチ嬢ちゃんが正しいと思うけど」

「なんでだよ‼ ここはそうじゃな……って言って固く握った拳をぶつける場面だろうが‼」


 ディルは整備された街道を歩いているうちに、クーリ達と少し仲良くなることが出来た。

 これで後顧の憂いなく戦えるわい、ほっほっほっ……と髭をもしゃもしゃしていると、やって来たミルチに思いきり頭を叩かれる。

 ディルに出来たことは、素直にごめんなさいと謝ることだけだった。

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