第8話
とりあえず落ち合ってから休憩をし、三人は食事を摂ることにした。
ディルが背負っているリュックから冷めた肉串を取り出したのを見て、二人が驚いたような顔をする。
「屋台の串焼きは冷めたら不味いだろ、なんでそのチョイスなんだよ」
「値段もぼったくりだしね」
「やっぱりそうか……銀貨一枚は高すぎると思ったんじゃ」
ディルの昼食は朝に食べた肉串の残り一本である。本来ならこれを夕食にするつもりだったのだが、どうやらクーリ達の発言から冒険者は基本一日三食らしいということを察し、もう食べてしまうことにしたのである。
葉にくるんだ肉串は冷め、白っぽい脂が浮いてしまっていた。温め直せば美味しく食べられるだろうが、残念ながらディルには火魔法の才能はない。
しょんぼりとしながら肉串を見つめる老人の背中には、哀愁が漂っている。
「ご飯はどこで買うのがええんじゃろうか?」
「普通にパン屋行って、廃棄処分の奴とか貰えば安く済むぞ。後食堂の食べ残しのごった煮とかも不味いけど腹は溜まる」
「でもあれ、本当にお腹が溜まるだけで味はヤバいのよね……」
どうやらディルの知らない生活の知恵というやつがまだまだたくさんありそうである。その辺りも追々学んでいかなければならないだろう。
「雑草食んだり腐りかけの肉を買い取ったりとか、腹を溜める方法自体はいっぱいあるぞ」
「一回でもお腹壊すと薬買わなくちゃいけなくなるから、普通に食べた方が安く上がるのよね」
「そうそう、慣れるまでは大人しくまともに残飯とかごった煮で済ませとくのが吉だ」
「二人の昼食はなんなんじゃ?」
クーリとミルチが背嚢から取り出したのは、野菜らしき物体の炒め物だった。
恐らく葉野菜の芯の部分を使っているからだろうか、所々残っている緑色の部分はあるものの色合いは全体的に白っぽい。
「食堂だとまともに食えない部分は捨てるからな、そこが狙えるんだ」
「ゴミを漁ったりするのは倍率高いから、私たちはお金を払って買い取らせてもらってるの」
食事は基本的には他人が捨てる部分を買い取り、強引に食べてしまうのが安上がりだと二人は語った。
タダで残飯を漁ろうとするとスラムの面々と争うことになったり衛兵につき出されたりする可能性があるらしい。とりあえず無料で済まそうとするのだけは止めとけという説明に素直に頷くディル。
「それだと一食どれくらいになるんじゃ?」
「んー……、銅貨二枚くらいか?」
「頑張れば一枚にも押さえられるわよ。でも食べられる野草の知識のないディルおじいさんはあんまり冒険しないで二枚払った方がいいと思うわ」
「二枚で済むんか……串焼きで空腹から脱せる程度の量で銀貨一枚と考えると随分と安いのう」
「そりゃそうだろ、あんな出店で食うのなんて観光客か仕事上がりのおっさん達、あるいは酔っぱらいくらいなもんだぜ」
「まぁある程度の需要があるからこそ成り立ってるんだろうけどね。お金はあるところにはあるってことかしら」
「わしみたいにお金なくても買っちゃう人もおるしな」
「ははっ、まあ良い教訓だと思えばいいさ。それくらいばんばか買えるくらいの大物になってから笑い話の種にでもすりゃあいい」
どうやら二人は食事は最大限に切り詰め、貯蓄と装備の充実に金を回しているらしい。しかもどうやら財布を握っているのはミルチの方であり、クーリは財政面は彼女に頼りっきりらしい。
最初から尻に敷かれていると後でめちゃくちゃ後悔するぞと自分の経験談を聞かせようかとも思ったが、どうやら二人はまだそういう関係ではないらしいので止しておくことにした。
食事の最中に戦闘スタイルについての話をしておくことにした。ミルチは魔法使いであり、ゴブリン程度なら一撃で殺せるだけの魔法が数発は放てるらしい。クーリは生粋の戦士で、ゴブリンを三匹までなら相手取れると言っていた。
ディルは自分は剣士であると説明したのだが、彼が持っているのは家から持ってきたボロい木剣である。着の身着のままで鎧も着けていないため、クーリ達と比べると装備の差はかなり大きかった。
クーリは鉄の剣を腰に提げ、皮鎧に身を包んでいる。所々に金属補強のしてあり、背中には応急手当て用の薬や生活用具が入っているらしい。
ミルチは茶色っぽいローブに魔力制御用の先細りしている杖という格好で、クーリと同じくしっかりとした作りの背嚢を背負っている。
対するディルはボロい剣を糸で腰に巻き付けているだけで、着ている服は普段着の麻の服である。背中に小物がこぼれてしまいそうな穴の空いたナップザックがあり、腰には残り一枚の銀貨を入れた薄汚れた巾着袋をつけている。
あれ、わしの見た目かなりヤバくね? こうして装備を確認する段になって、ディルは自分が敬遠されるのも当然な格好をしていることにようやく気付く。
こんな格好をしている老人の同行を許してくれるあたり、二人はかなりの優しさを持ち合わせているように思えた。
剣士だが持っているのは木の剣です、などと老人が言い出そうものならまず間違いなくボケているのではないかと心配するのが普通の反応だろう。文句をつけながらも面倒を見てくれるあたり、人の良さが滲み出ている感じがする。
「やれるんだな?」
クーリが尋ねる調子も、懐疑的なそれではなく確認的な意味合いの強いものであった。先ほどのかけっこのおかげか、どうやらある程度の信頼は得られたらしい。
「まぁ、お荷物にはならんつもりじゃよ。調子も戻り始めてきたしの」
「うし、それならもうちょい歩いてさっさと森に入っちまおう。ゴブリンは間引かないとすぐに増えるから、冒険者的にはありがたい限りだよ。ゴブリンさまさまってやつだ」
「放置しておいたせいで村が潰れた例だってあるんだから、そういう言い方はどうかと思うわ」
「ん、悪い」
「いいわ、別に怒ってないし」
「それじゃあ食事も終わったし、そろそろ行くとしようかの」
三人は食事を終え、本格的にゴブリン狩りを始めることにした。
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