第3話

「まずは、助けてくれてありがとうございました」

「困った時はお互い様じゃよ、どんな時であってもの」

「いえ、ディルさんがいなければ実際どうなっていたことか……」




 そう言って顔を青くしたミースを見て、安心せいと優しく声をかけるディル。

 彼は、恐らくさきほどの冒険者を放置していても彼女は助かったのではないかと考えていた。



 衛兵がやって来たのは自分が男をのしてからすぐのことであり、その対応は非常に迅速だった。



 恐らくはあそこにいた誰かが、密かに連絡役を出していたのではないだろうかとディルはそう考えていた。




 だがきっとあのままでも大丈夫じゃったよなどと言って事実を突きつける必要などない。


 時には真実を知らないでいた方がいいことだってある。

 自分がミースを助けた、だから彼女は危地から脱せた。

 


 それでいいのだ。



 それ以上追求する必要も、怖かった記憶を思い出させる必要もないのだから。


「で、とりあえずわしどうなるか教えてもらってもいい?」


 とりあえず暗い雰囲気を打破しようと問いかけたディルに対し、ミースはしっかりと調子を合わしてくる。


 この辺は客商売のプロだけあるの、と彼は内心で舌を巻いた。

 ミースはとりあえず問題は自分の方で処理をしておくから、ディルさんは冒険者としてご活躍くださいと口にした。

 もしかして捕まるのではないかという気持ちは完全に晴れ、お爺ちゃんは内心でホッと息を吐きゆったりとくつろぐことにした。


「この椅子は凄いの、座っても腰が痛くならん」

「ソファーですからね、魔物の素材を使っているのでお高いわけですが、その分性能も値段相応のものがあるんです」


 ソファーは驚くべきことに、魔物の素材からできているらしい。

 聞いてみると木製の机も木の魔物の素材から取れた物らしかった。 

 やはり冒険者が魔物を倒す仕事というのは間違ってはいなかったのじゃな。


 ディルは魔物の糸で出来たタペストリーを見ながらそんなことを考えた。




「登録料はいくらかの?」

「今回は迷惑料ということで、私が経費で落としておきます」

「そうかい、恩に着るの」




 いるいらないの押し問答はせず、素直に礼を言うに止めておくディル。相手の好意は素直に受け取る、これもまた彼なりの処世術なのであった。




「ギルドカード……登録証書が出たら渡しますので、一週間ほどは仮証書で活動してみてください」

「わかった。じゃあもう魔物をばっさばっさしてもいいんじゃな?」

「ばっさばっさ……まぁはい、そうですね」

「わし魔物と戦ったことないから、なるべくなら一番弱いのから始めたいんじゃけど、どうすればいい?」





 驚きの顔を隠せないミースを見て、今の彼女がまだ完全に受付嬢になりきれていないことを察するディル。



 こんな美人さんが意外な一面を見せれば、命をかけようとする男の一人や二人簡単に出てくるじゃろうに。



 彼はなんとなく、ミースがそれほど世渡りが上手くないということを察した。




「二階……つまりこの階の資料室で、魔物図鑑や薬草の分布図などが読めますよ。それを見てから依頼を選んでいく感じでしょうか」

「あー……全部お任せでも大丈夫かの?」

「え? ……ええ、はいそれは大丈夫ですけど。私が個別にサポートしますので」




 文字が読めない人でも大丈夫なように、絵や図を多用して見やすいようになっていますよというミースの捕捉を聞き、ディルはポリポリと頬を掻いた。




「いや、そういう問題じゃなくての……わし老眼じゃから、もう細かい字とか読めんのじゃよ。目がしょぼしょぼするんじゃ」

「……なるほど、そういうことなら私が手取り足取り教えますよ」

「お手柔らかに頼むわい、それなら今すぐでも大丈夫かの?」

「はい、今日は早上がりということにしてもらいます。ちょっと待っててください、今連絡してきますから‼」

「あんまり急がんでもええからのー……って、行ってしもうた」




 ドアを蹴破る勢いで走り出したミースの背中を見てから、改めて腰をソファーに落ち着けるディル。



 彼がわざわざマンツーマンで今すぐ教えてもらうことを選んだのには、もちろん意味がある。



 面識がないディルにはわからないが、まず間違いなく今のミースは普通ではないはずだ。


 知らない、あるいは知っていても大して面識のないような男に乱暴をされかけたのだから。



 今は助けてもらった安堵や自分への感謝が先に立っているかもしれないが、自分と別れてから冷静に考えられるようになったとき、どんなことになるかは流石のディルにも想像がつかなかった。



 

 あんなに可愛い子が男性恐怖症にでもなっては勿体ない。

 それならば一応男という分類に入っており恩人でもある自分が、とりあえず彼女の心を解きほぐしていくしかないだろう。



 何か打ち込むことがあれば、嫌なことは忘れられる。


 そして時間は、嫌な記憶をある程度は薄めてくれる。

 今ミースに必要なのは時間とやるべきこと、そしてなるべくあの男を思い出さない環境じゃろう。



そんな風に考えていたディルは、突然ハッとして椅子から立ち上がった。




「いや婆さんや、違うぞこれは‼ 浮気ではなく娘が出来た感覚に近いというかなんというか……そもそも可愛い子が辛い思いをするのは男的には忍びないというか……」




 必死になって先立たれた妻に弁明するディル。彼は死別してもなお、お婆さんには頭が上がらなかった。




「はいディルさん、持ってきましたよー………って、何やってるんですか?」

「うーん……懺悔かの?」

「なんで疑問形なんです?」

「……なんでじゃろね?」





 お互いに首を傾げ合いながら、二人は再び椅子に座り直した。

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