第2話
ディルは二週間ほど馬車に揺られ揺られながら、故郷であるトカの村からギアンの街までやって来ていた。
財布と相談し一番安い乗り合い馬車に乗ったのだが、そのせいでギアンに到着した時には、彼の全身はバキバキになってしまっていた。
彼は移動時間を無駄にしないよう、馬車の中で自らのスキル見切りの使い方を試すことにした。
結果として幾つもの事実が判明し、ディルの旅路は彼にとり有益なものとなった。
まず第一に、見切りは全身の最適な動かし方を理解するスキルであるということ。
一番使えるのは間違いなく戦闘ではあるが、馬車の揺れの中で腰の痛みと関節痛が最小限になるように身体を動かすことも、見切りにより可能であった。
そして第二に、見切りには事実上の使用制限があるということが挙げられる。
見切りの発動時間は、かなり区々で、数秒しか持たぬ時もあれば、数分間使ってもまだ維持できていることもあった。
それら全ては一回としてカウントされ、使用状態が切れる度、ディルの全身は老いによる倦怠感に襲われる。
スキル見切りを使えば、自然回復を待たずとも虚脱状態を脱することはできる。
だが、そうした場合、使用後に以前のものの数倍もの疲れが、身体に押し寄せてくるのだ。
一応試してみた限り五回までの連続使用なら、見切りを使って誤魔化すことができたが、それ以上は不可能だった。
常時見切りを使用し続ければ、最適運動を続けることは可能であるようにも思えたが、ディルはそれを試しはしなかった。
スキルに溺れ、スキルを使用していることを常態としてしまえば、必ず痛い目を見ることになるだろうと、彼は察していたのだ。
ディルは老人としての経験から、このスキルが酒や女遊びと同等、人を堕落させてしまう可能性を秘めているものであることを感じ取っていた。
スキル見切りを使い続ければ、身体の痛みとも無縁のまま動くことができる。
だがディルは最初の一週間を除いて、敢えて何も使わない状態で馬車に揺られ腰痛を感じ続けた。
そして彼は、見切りのもう一つの利点を実証した。
即ち見切りを使用した時の動きを真似れば、擬似的な効果を得ることができるという点だ。
ディルは暇な時間を見つけては、見切りの使用時の体捌きを覚え、身体の重心の変え方を覚えていった。
身体が覚えているために、それは再現することは然して難しいことではなかった。
見切りによる戦闘補助、持続的な継戦能力、そして自分の身体の動きを最適化できるという副次的なメリット。
依存しそうになりそうなデメリットも含め、ディルは道中の時間を使い、自らのスキルに関する理解をかなり深めることに成功していた。
後は実戦を経験しながら慣れていくしかないじゃろう。
そんな風に考え、彼は街の中央部にある冒険者ギルドの扉を叩いたのだ。
そして何故か連れていかれそうになっている女性を助けることになり、図らずもスキル見切りを実地で使うことにも成功できた。
自分の見た目と動きのギャップというアドバンテージがあったとはいえ、明らかに強そうな人間を気絶させることができた。
昔作ってから一切の手入れをしていない木剣でも戦えるのだから、鉄の剣を使えば、更なる戦闘能力の向上が期待できるだろう。
もしかしたら食べる所と寝るところの確保に加え、トール達へ仕送りができるようになるかもしれない。
倒れている男が衛兵達に引っ立てられていくのを見つめながら、ディルはそんなことを考えていた。
「わし、もしかして後で偉い人に呼ばれたりする?」
「大丈夫ですよ、ここの皆さんがディルさんは悪くないって証明してくれますから……ね?」
ミースは凄く良い笑顔で皆を見渡しているはずなのに、どうしてかそれは、周囲を睥睨しているかのように見えてしまった。
ディルは、彼女の後ろに虎の幻像が見えた。
先ほどまでか弱い女の子だと思っていたが、なかなかどうして切り替えの早い女性である。
そのまま彼女に言われるがままついていき、ディルはカウンターを抜け、二階に上がってから奥へ奥へと歩いていくことになった。
まさか取って食われるようなことはないだろうが……と考えてから、冷静に自分がしたことを思い返すディル。
冒険者になろうとしている人間が扉を開くのと同時に暴力沙汰……普通に考えればマズいなんてものではないだろう。
最悪の可能性が一瞬頭をよぎったが、頭から離れないミースの笑顔を思いだし暗い考えはすぐどこかへ消えてしまった。
何をされるかは、正直なところよくわかってはいない。
そもそも冒険者というものが敵をバッサバッサと斬り殺す奴等という程度の知識しかない化石爺にとって、今こんな風に冒険者としての一歩を踏み出そうとしていること自体があり得ないことなのだ。
(まぁ……さっきの感じからすれば、そこまで心配する必要もないじゃろ)
見切りの連続使用で強引に脱け出すという最終手段もある。
それにどうせいつ死ぬかもわからないのだから、一人の女性を救えただけでも上等だろうという考えもあった。
そんな楽観的なのか悲観的なのかわからない考えを抱きながら歩いていると、ミースが足を止めてドアをゆっくりと開く。
何やら豪華そうな椅子と机の置かれている部屋がその全貌を現した。
ディルが右側の椅子の方へ歩いていくと、ミースが逆の椅子へ向けて歩いていくのが横目に見えた。
「どうぞ、おかけになってください」
ディルは勧められるがまま椅子に座り、そのあまりの反発のなさに思わず顔を綻ばせた。
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