第51話


「……教えてあげようか?」


「いいえ、人からそれを聞くのは……」


「ジュリエット嬢はそう言うと思ったよ。さて……僕はもう少しだけゆっくりして帰ろうかな。カモミールのハーブティー頂戴。お気に入りなんだ」


「分かりました。お土産用にラベンダーのハーブティーも包んでおきますね。バーズ公爵夫人にも宜しくお伝え下さい」


「ジュリエット嬢、ありがとう」



リロイと三人で話した後、お土産のハーブティーを持って機嫌よく去って行った。

リテ皇国の使者がいるうちはベルジェ達は忙しいのだろう。

最近では二日と開けずにカイネラ邸に来ていたのに、今ではすっかりと姿を見ていない。


しかし今日はモイセスとルビーはドレスを選びに向かった。

以前、ルビーは一緒にドレスショップに参加する事が出来なかった。

モイセスの予定が合わなかったからだ。

今日はモイセスがパーティーに着ていくドレスを選んでくれるという事で、いつもよりもルビーの纏うキラキラとしたオーラが倍増していた。


そして「鼻血が出たら困るから」と言って、笑顔で大量の布を持っていったのを止めるべきかと最後まで迷ったが、水を差すのもよくないかと思い黙っていることにした。


最近、両親はルビーの想いに気付いたのか相手はベルジェではなくがっかりしていたようだが、モイセスも公爵家の嫡男である為、変わらずに応援していくようだ。

しかし今回、ジュリエットがベルジェとパーティーに参加する事を告げても「良い思い出になるな」と言った両親は遠い目でジュリエットの肩を叩いた。

ルビーの時とは期待度と反応が全く違う。

本人達は悪気はないのだろうが、こうした些細な態度の違いにジュリエットは傷付いていたに違いない。


そして両親なりにジュリエットを気遣っているのか、目の前には色々な令息の肖像画が山のように置かれている。

「マルクルスの事があったから」と言って、何気なくその話題を避けていたのだが「そろそろ……困るでしょう?」と相手を見繕ってきたようだ。

確かに婚活のタイムリミットは着々と近付いているのだろうが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。


(伯爵家の次男、男爵家の三男、同じ子爵家の次男……はぁ、気が進まない)


とりあえず目を通すフリだけはしなくてはとテーブルに肖像画を広げていた時だった。



「あらジュリエット、一人……?ウフフ、ご機嫌よう」


「……アイカ様」



アイカはルビーの唯一の友人で、キャロラインのアドバイザー。

ジュリエットも屋敷に来るアイカを慕っており、絶対的な信頼を寄せていた。


常に人当たりのいい笑みを浮かべており、どこか掴みどころがなく、けれど心の奥底に入り込んでくるアイカを密かに警戒していた。

ルビーもキャロラインも、アイカは親切で優しいと言う。

確かに簡単に心を開いてしまいそうになるし、誘導するのがとても上手いような気がするのだが、裏に隠れている刺々しい何かを感じていた。



「アイカ様……お姉様は今、モイセス様とドレスを選びに行っております」



最近、控えめだったルビーは「今を目一杯楽しむの」と、開き直ったのかモイセスにずっと一途だった事を周囲に明かした。

その事で令嬢の友人も増えてきたそうだ。

ずっと一途に、という点で多くの令嬢達の印象を好転させて、令息避けにもなりプラスになっているそうだ。



「そうなの。今日は皆様はいらしてないのね」


「最近は、とても忙しいみたいですから」


「ふふ、そうでしょうね。ベルジェ殿下から伺っているわ」


「……」



わざと聞いているとしか思えない嫌味な返答である。



「今日は貴女に用があったからいいのよ」


「私に、ですか?」



ビリビリと肌に感じる何かは良くないものだ。

いつも笑みを浮かべているアイカと対峙して感じるのは、得体の知れない恐怖とひんやりとするような肌寒さ……それは鳥肌がたつような時みたいなゾクリとした感じに似ていた。

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