第36話

リロイから差し出された手は……明らかに此方を向いている。

ルビーは隣に居るし、後ろを振り向けど誰もいない。


「わたし?」の意味を込めて指を自分の方に向けると、リロイは悪戯な笑みを浮かべたまま頷いているではないか。

その背後には口元を押さえているルビーと、これでもかと目を見開いているキャロラインの姿があった。


(ど、どういう事……!?)


動揺しつつも平然を装いながらリロイに問いかける。



「私に言ってます………?」


「うん、そうだね」


「初対面ですよ?」


「うん、そうだね」


「そ、それに婚約も解消したばかりで」


「うん、そうだね」



お分かりい頂けただろうか?

リロイの笑顔の圧力と底意地の悪さを……。

これ以上の言い訳は全て「うん、そうだね」で掻き消されてしまう事だろう。

ここはストレートに問いかけた方がいいかもしれないと態度を切り替える。



「…………何故ですか?」


「あはは……っ!面白い反応だなぁ」



このヒラリヒラリと躱される感じに、イラッとしてきたのは自分だけではないだろう。

リロイのペースに巻き込まれていくと良くないと勘がいっている。

それに先程までにツンとしていたのにも関わらず、リロイと関わった途端に敵意を剥き出しにする恐ろしいキャロラインを見て確信する。


(ここは……断るが吉)


公爵家の令息であるリロイの誘いならば、普通ならば皆喜んで受ける事だろう。

実際、リロイは女性慣れしているような気がした。

しかし上手い言い訳がないか、にっこりと笑みを返しながら頭をフル回転させて考えていた。



「有難い申し出ではありますが、私は婚約を解消したばかりですので申し訳ございませんが今回は……」


「へぇ……断るんだ?」



なんとも含みのある言い方ではあるが、ここで表情を変えたら相手の思う壺だと笑みを浮かべたまま答えた。



「いいえ?ただリロイ様のご迷惑になるかと思っただけです」


「…………ふーん?」


「勿論、次のパーティーでは喜んでお受け致しますわ……リロイ様が良ければですが」


「……!」



その言葉に大きな目を見開いたリロイの余裕があった表情が崩れる。

これぞ今回は無理だけど次は誘ってくれたら嬉しいな、という飲み会を断る時に使うスタイルである。


(ふっ……生まれ変わったジュリエットを舐めない事ね)


元々、ジュリエットも負けず嫌いではあるが、新たな記憶が加わった事によって色んな人に対処出来る方法を知っている。

とりあえずは上手くいなせたのではないかと、ホッと胸を撫で下ろしていると、キャロラインの表情が和らいだ。



「君……面白いね」



その言葉と共に、ぐっと腕を引かれたと思いきやリロイの顔が目の前にある。



「ーーー!?」


「気に入ったよ」



腰に回される手と、すっと耳元に寄る唇から囁く低い声に目を見開いた。



「ーーーちょっと、リロイッ!」



キャロラインの甲高い声が耳に届いた瞬間ーー。

胸元を思いきり掴んで体を離す。

二次元ならば良くある胸キュン展開なのだろうが、いくらイケメンだろうが顔が可愛かろうが突然、初対面の男に抱きつかれて言うことは一つだけである。



「…………今すぐ離して下さい」


「!!」



そっと離れる体……リロイを射抜くように睨み付けた。



「まだ私はリロイ様の名前しか聞いておりません」


「……!」


「突然、触れるのは辞めて下さい」



そう言って笑みを浮かべた。

思ったよりも冷静に対応出来て、リロイを殴り飛ばさなかった自分を褒め立ててあげたいくらいだ。


しかし相手は公爵家の令息であり、ベルジェの友人でモイセスの弟だ。

『やっちまったー』と心の中では思いつつも、リロイの次の反応を窺っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る