第21話
「モイセス様の事情は存じております。婚約者を亡くされてから、御自分を責めて後悔なさっている事も全部……」
「…………!!」
「それにわたくしから声を掛ければモイセス様に迷惑を掛ける事は明白ですし、優しい方ですから……。だから、あの方が幸せで居てくださればそれでいいと思っていました」
「……ルビー嬢」
「わたくしは何処かに嫁ぐくらいならば、修道院に行きたいと思っております。父と母には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、わたくしが居なくなればジュリエットも少しは……」
「………」
「でもその前に少しだけあの方の瞳に映りたいと……そう思ったのです。ふふ、何だかんだ綺麗事を言っていても、わたくしは欲深い人間ですね」
「そんな事はない……!」
「ベルジェ殿下……わたくしの気持ちを聞いて下さり、ありがとうございます。けれど、たとえ一生振り向いてもらえなくても、わたくしはモイセス様しか愛せる自信はないのです」
「…………っ」
ルビーのあまりの一途さに心を揺さぶられた。
瞳は揺らぐ事なく真っ直ぐ此方を見つめていた。
それと同時に自分もジュリエットの事を諦めたくないとそう思った。
「ありがとう……今日、ルビー嬢と話せて良かった」
「はい」
「俺も頑張ってみたいと、そう思った」
にっこりと笑ったルビーは、会う前とはガラリと印象が変わっていた。
彼女の心は誰よりも美しく気高いと思った。
ルビーのような愛し方もあるのだと知って、少し心が楽になった。
自分の気持ちを再確認したところで、いい時間になり立ち上がるのと同時にある事を思いつく。
「ルビー嬢、馬車まで一緒にどうだろうか」
「え……?」
「今日のお詫びと言っては何だが、モイセスに君の事を紹介しようと思う」
「……!?」
「良き友人になれたと……そうすればモイセスと話すことも出来るし、今は令息達や令嬢達も居ない。モイセスに迷惑が掛かる事もないだろう?」
「はい……!ベルジェ殿下、ありがとうございます」
明るくパァっと表情を輝かせたルビーを見ていると、普段パーティーなどで見掛ける彼女との違いに驚かされる。
人形のように静かで淑やかでいつも柔かに笑っており、美し過ぎて簡単には触れられない。
けれど欲しくて手を伸ばしたくなる宝石のような存在だと思っていた。
けれど、こうして見ていると年相応の普通の少女だと思った。
ルビーをエスコートしながら、話していた時だった。
勢いよく足音が近づいて来ると思い、それをルビーに訪ねようとした瞬間ーー。
胸元に衝撃と共に、遠くからいつも見ていたミルクティー色の髪がサラリと揺れた。
それからスローモーションのように桃色の瞳と視線が交わった。
鼻を擦りながら眉を顰めたジュリエットの姿に目を見開いた。
「ご、ご機嫌よう、ベルジェ殿下……!!」
「……ご機嫌よう、ジュリエット嬢」
心の準備も出来ず、突然やって来たジュリエットに反射的に挨拶を返した。
何故、ジュリエットが自分に打つかってきたのか。
その理由は直ぐに判明する。
「ーー待てッ!!ジュリエット!!君は僕のことを世界で一番愛して、いると言って、いただろう、がっ!!」
?
此方に荒く息を吐き出しながら近づいて来る一人の令息が見えると、ジュリエットは体を強ばらせる。
まるで助けを求めるようにしがみついて来るジュリエットの姿をみて、今まで感じたことのない気持ちが込み上げて来る。
「っ……!」
「ジュリエット、一体どうしたの?」
「ルビーお姉様、助けて下さいッ」
ルビーが様子を見るために顔を出した
そしてジュリエットに名前を呼ばれて助けを求められた事が嬉しいのか、ルビーはキラキラね笑顔を浮かべている。
しかし今はそれどころではないだろう。
「ーーール、ルビー様!?」
「ご機嫌よう、マルクルス様」
「ルビー様は今日もとてもお美しい……!女神だ」
(この男がマルクルス・ラドゥルか……)
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