第17話

その言葉を聞いて、瞬時に思い出したのは少し前にジュリエットとマルクルスの事を聞いた令嬢達の姿だった。

それ以外、自分がジュリエットとルビーの話をした事がないからだ。



「ワシは"婚約者?誰でもいいですよ"なんて詰まらないことを言うベルジェがずっとずっと心配でな……!少し調べてみたら証拠が出るわ出るわ!それに医師にも相談したそうじゃないか」


「何故それを……!」



父にバレてしまい、面倒な事になってしまったので、なんとか誤魔化そうと考えを巡らせていた時だった。



「そこでだ……!ワシが代わりにカイネラ子爵のルビーとの顔合わせの日取りを決めておいた」


「は……!?」


「それはなんと今日だッ!!」


「ーー!?」


「お前の事だ。適当に言い訳をつけて逃げられそうだからな……!先に手を打っておいた」


「なっ……!?」


「可愛いキャロラインが提案してくれたのだ。行く以外の選択肢はないぞ……?」



その瞬間、口元に手を当ててにニヤリとほくそ笑むキャロラインの悪い笑みが頭に思い浮かんだ。

その可愛いキャロラインを生まれた時からずっと溺愛している父は事あるごとに彼女を甘やかしている。

そういう自分も人の事は言えないが、父のキャロラインの溺愛っぷりは度を越しているようだ。



「…………ですが」



珍しく言葉が出なかった。

それよりも今更どう対応したらいいのか分からないのだ。



「ベルジェ……自分の気持ちを確かめて来い」


「……っ」


「逃げたら後悔するぞ……?」


「!!」


「ハッハッハッー!なんてな」



そう言われて思い浮かんだのは忘れ掛けていたあの痛みだった。

胸元を無意識にぎゅっと握った。


きっと父の言っている意味とは違うだろうが、その言葉は胸に刺さるものがあった。

しかし、もう手の届かない場所に居るジュリエットを見て、果たして何を確かめればいいのか……。


モイセスと共にカイネラ邸に向かう為に支度をして馬車を待っていると、まるでタイミングを見計らったかのように驚くべきことが起こる。

少し離れた場所で侍女達が掃除をしていたのだが、聞き覚えのある名前に肩を揺らした。



「ねぇ、聞いた?ジークサイドの宝石って呼ばれているルビー様の妹の……なんだったかしら」


「ジュ……ジュリ、ジュリエンヌ様?」


「そうそう!そのジュリエンヌ様の婚約者のマルクルス様がね、ルビー様を目当てに婚約したんじゃないかって噂があるのよ!」


「ーーー!?」



その言葉を聞いて壁の影に身を寄せた。

不思議そうにしているモイセスにも人差し指を立てて口を閉じるように促した。



「普通、そんな理由で婚約する?最低じゃない??」


「でもルビー様を追いかけていた令息達の中には必ずマルクルス様が居たのに、おかしいって皆言っていたわよ?」


「そうなの?ジュリエンヌ様、可哀想ね……」



アハハと笑いながら去って行く侍女達。

モイセスに「馬車の用意が出来たようだが」と、言われて返事をしてから足を進めた。


(まさかマルクルスという男はルビー嬢を目的にジュリエット嬢と……?いや、そんな酷い話がある訳がない)


そうは思いつつ、もしジュリエットとマルクルスが上手くいかなかったら……という邪な思いが湧き出てくる。

本当かどうかも分からない噂に振り回されるなんて、どうかしていると思った。


(ジュリエット嬢の幸せを願っているはずなのに……)


土に埋もれていた芽が再び顔を出したのを感じるのと同時に、自分の中にある汚い気持ちに落ち込んでいた。


果たして今からどうするべきなのか……考えているうちにあっという間にカイネラ邸に到着してしまった。

モイセスには馬車で待機してもらうことにした。


婚約者が居る令嬢に想いを寄せている事を知られてしまえば、真面目過ぎるくらい真面目なモイセスの事だ。

間違いなく止められるだろう。

モイセスは怪訝な顔をしていたが「今回だけは」と言うと、すぐに了承してくれた。


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