ベルジェside

第10話


ベルジェ・ルディ・ジークサイドはジークサイド王国の王太子として生を受けた。


幼い頃から何事も要領よくこなす事が出来る方だった。

常に人に囲まれていたからか、人との関係も同じ年頃の令息達に比べては上手く立ち回れていたと思う。


恵まれた環境に居た事も大きかっただろう。

勉学にマナーにと新しい事を覚える事は楽しかったし、苦痛に感じた事はなかった。


次々に現れる講師達と共に新しい知識が増えていく。

それを身に付けると少しだけ、自分が大きくなれたような気がした。


(……楽しい!もっと学びたい!)


「凄いですわ」「素晴らしいです」「流石です」

周囲にそう言われても、本当にそうなのだろうかと疑問を持っていた。

「欲に惑わされるな、己の責任を果たせ」

そんな父の言葉を胸に前に、前へ進む事だけを考えていた。


(自分はまだまだだ。立派な王になり国を支えられる様になりたい)


そんな気持ちでがむしゃらに走り続けた。

得られるものは得ようとひたすらに努力していたのだが、次第に父にも母にも「もう十分だ」と言われる程に勉学に熱中していた。

ふと気付いた時には、あの強烈な知識欲と興奮は薄くなっていた。


それでも幼い頃からの習慣なのか、何かしていなければ落ち着かない為、片っ端から本を読み漁っていた。

それから学んだ知識を活かして周囲の期待に答え続けた。


ふと、自分の知らないイメージが作り上げられていくことに気付く。

『完璧王子』

そう呼ばれ出してからは、無意識にそうあろうとして人間味のある感情は更に薄れていったように思う。

成長すると人は常に周囲に溢れていて、令嬢達も何かある度に波のように押し掛けてくるようになった。


「殿下の宝石のような琥珀色の瞳と艶やかワインレッドの髪は本当にお美しいですわ!」

「殿下の瞳に映る女性は幸せなのでしょうね」

「今度わたくしの屋敷に遊びに来ませんか?殿下に自慢の庭を見て頂きたいの」

「わたし、ベルジェ殿下の隣に立つ為に頑張ってみせますわ!」

「殿下に相応しいのはわたくしですわ!」


こんな言葉を毎日毎日、聞いていると何も感じなくなった。


「ありがとう……とても嬉しいよ」


そんな一言でキャーキャーと声を上げて嬉しそうに笑みを浮かべる感情豊かな彼女達を見て羨ましいと思った。

楽しい、嬉しい、もっと欲しい……焦がれるような熱い気持ちは今まで一度も経験した事ないものだった。


皮肉な事に王太子という立場もあり、大抵のものは直ぐに手に入ってしまう。

贅沢な悩みだと分かっていたが、心を揺さぶる何かをずっと求めていたのかもしれない。


愛しい人と見つめ合って頬を赤らめている姿も、冗談を言いながら悪ふざけをしながら肩を組む姿も……羨ましいとは思ったけれど、縁遠いものだと思っていた。


(……何故、俺はこんなに空虚なのだろうか)


自分が空っぽの存在だと見せつけられているようだった。


そんな自分を隠す為に、常に笑みを浮かべていた。

この対応が更に自分の評判を押し上げているとも知らずに……。


(退屈だ……)


感情を押し込んでいくうちに自分がどんな人間だったのかを忘れていった。

このまま時間が過ぎていくのかと思うとゾッとした。


何を言われても、どんなに褒められても心に響かなくなっていく。

果たして自分にどんな価値があるのだろうか。

何でも持っているはずなのに何も持っていない……詰まらない日々を過ごしていたが、責任を果たす為に此処から抜け出そうとは思わなかった。


そんな自分の気持ちを幼馴染のリロイだけは見抜いていたのかもしれない。

毎回、予想もしないトラブルを起こしたりサプライズをしては驚かせてくれた。


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