⑧失くしたモノ


 玄関に私の靴があるから私が来ている事はすぐに分かったと思う。


「お、なんだ。来ていたんだな」


 だからなのか、いつもの部屋に現れた時。真人くんはそう言った。


「おっ、お邪魔してます」

「……なんで敬語なんだ?」

「え」


 ――なんでって。


 そう言われても答えようがない……というか、他に言いようがない。


「……」

「……」


 反応に困って私たちはお互い顔を見合わせて固まっていると……お兄さんは「ふふ」と笑う。


「笑うんじゃねぇよ」

「はは、ごめんごめん。二人の反応が面白くて」

「はぁ、まぁいいけどよ」

「それはそれとして……ずいぶんと遅かったね。何かあったのかい?」


 お兄さんがそう言うと……。


「ん? ああ、大した事じゃねぇよ」

「宿題のやり忘れとかじゃないのかい?」


 そう尋ねると、真人くんは「そんな事するワケねぇだろ」という様な表情でお兄さんを見る。


「ふーん、そうか」

「つーか、向井が俺と一緒じゃない時にここにいるのってめずらしいな」


 思い出した様に真人くんが言うから、私は思わず「え」と驚いてしまった。


「いや、そんなに驚かなくてもいいだろ」

「そっ、そうだね」


 私はそう言いつつも心の中は冷や汗が流れしていた。


 ――いっ、言えない。さすがに「ここに引っ越して来た理由が知りたくて」なんて。


 しかし、実際のところ。それが『理由』だし、他に理由もない。


 ――でも……。


 お兄さんの話を聞いた限り、引っ越しをした理由は学校での出来事で……真人くんが関係していた。


「どっ、どうした」


 それなのにも関わらず、私はお兄さんからこの話を聞いた。


 ――しかも、その事を真人くんは知らない。


「……」


 それを考えると、私はものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。


「おっ、おい」


 私の様子を見ていた真人くんが動揺しているのはすぐに分かった。でも、自分ではどうする事も出来ずにいると……。


 お兄さんは「あー」と言いながら申しわけなさそうな様子で「ごめん、それ僕のせいだ」と言う声が聞こえた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「は?」


 帰って来たばかりの真人くんは「何の事を言っているのか分からない」という表情を見せる。


「どういう事だ」


 だからお兄さんに聞き返すのも当然の流れだろう。


「ああ、うん。まぁ……そうなるか」

「当たり前だろ」

「そうだよね。うん、実はさ。話しちゃったんだよ。かえでちゃんに」

「……何を」


 一瞬空いた間は……多分、真人くんも「お兄さんが私に何を話したのか」気がついていたからかも知れない。


 でも、教えてくれるのなら今の内に聞かないと教えてくれない。お兄さんはそういう人だ。


「――僕たちが引っ越してきた『理由』いや『原因』かな」

「……」


 お兄さんがそれを言った瞬間。重い空気が流れた……様な気がした。


「……はぁ」


 ただそれも流れたのは一瞬で……真人くんがため息をついた頃には……いつもと変わらない空気が流れていた。


「ごっ、ごめんなさい」

「聞いちまったモノは仕方ねぇ。いつかはバレていただろうし」

「……」

「つーか、何で俺がいない時に話すんだよ」


 真人くんがにらむ様に言うと、お兄さんは「ごめんね」と言いながらなぜかにこやかな笑顔を向けた。


 ――あ、コレは全然謝っていない。


 これはさすがの私でも分かる。そしてそれは真人くんも当然分かったらしく……。


「いや、謝る気ねぇだろ」


 そう言ってあきれた。


「はぁ、まぁいい。それより向井」

「?」

「この間の事なんだけどよ」


 話題を変えるように真人くんは私の方を見る。


「うっ、うん」


 ――それがどうしたんだろう?


「その中に『剣』を振るような動作があったのが気になってよ」


 真人くんがそう言うと、お兄さんは「奇遇だね」と笑顔を見せる。


「僕も気になっていたんだよ。以前はあったはずの『剣』の動作がなくなっていた事に」

「え、じゃあ以前は……あったの?」


 思わず尋ねると、お兄さんは「うん、あったよ」とあっさりと答える。


「でも、いつの間にかなくなってね。で、この間衣装や道具を一式返しに行った時にその理由を知ったんだよ」


 お兄さんはそこまで言うと、わざらしく「ふぅ」と一呼吸置いた。


「――実はやらなかったんじゃなくて、出来なかったんだってね」


 そうつぶやく様に言ったお兄さんの言葉は……お兄さんの言葉を待っていた事により静かになっていた部屋に大きく響いた。

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