⑦転校の理由2


「……そっか、分かった。でも、何となくかえでちゃんも察しがついているんじゃないかい」

「そっ、それは……」


 探るようなお兄さんの目はとても鋭くて……思わずそらしたくなってしまう。


 ――でも、そらしちゃダメだ。


 お兄さんはいつも穏やかに笑っているけれど、たまに……本当にごくたまに鋭い視線を向けたり向けてきたりしてくる。


 ――それが「怖い」と思う事もあるけれど。


 でも、それはお兄さんがそれだけ「真剣」というだけなのだけど。


「……」


 そう思いつつ私は小さくうなずいた。


 ――お兄さんが指している「察し」が私と一緒かは分からないけど。


 でも実際のところ「何となく」ではあったけれど、察しがついていたのは事実だったからだ。


「……うん、何となくでもかえでちゃんの思っている事で合っているよ」

「それってつまり……」


 私がそう言うと、お兄さんは「うん」とうなずく。


「前の学校でもあったんだよ。ここに引っ越したばかりの頃にあった様な『度胸試し』みたいな話がさ」

「……」


 あの時……真人くんは転校したばかりだったけれど『度胸試し』にノリノリだったクラスの男子を必死に止めていた。


 正直、転校してきたばかりで真人くんもあまりクラスになじめていなかったのか、口数が少なかった。


 ――あの時はまさか「見える」なんて思っていなかった。


 でも、真人くんの反応を見て「おかしいな」と思っていたのは事実だ。


 ――まさか実際に一度似たような事を体験していたなんて。


「……」


 正直驚きでしかない。


「……驚いたかい?」

「はい」

「でも、多分。遅かれ早かれこうなっていたんじゃないかって僕は思っている」

「え」


 どういう事なのだろうか。


「別に驚く様な事でもないと思う。要するにそれだけ、学生の間は『幽霊』や『心霊現象』は話題に上がりやすいって事だから」

「……」


 言われて見ればそうだ。それこそ「夏」というだけでこうした話題は学生じゃなくても出やすい。


 ――お化け屋敷とかテレビ番組とか。夏の間は特に。


「で、前の学校にいた時もその話が出たのは『夏』だった」

「……何かあったんだよね」


 そうでなければ『転校』なんて事にはならないはずだ。


「……うん、そうだね。ほら、真人がかえでちゃんに説明した仮の話。覚えているかい?」

「仮の話?」

「そう『黒いカタマリ』はその存在がまだ不安定で弱い存在だからこそ、相手を驚かせる事くらいしか出来ないって話」

「そっ、それって……その驚かせた時に階段から足を踏み外す事もあり得るとか言っていた……」


 そこまで自分で言って思わずハッとした。


「まっ、まさか」

「そのまさか……だよ。実際にいたんだ。階段を踏み外した子がね」

「……」

「幸い大事にはいたらなかった。でも、真人がその現場にかけつけてかえでちゃんが言うところの『黒いカタマリ』を見て思わず真人がそれに声をかけた」


 そしてそれを見た階段を踏み外した子が「真人くんに突き飛ばされた」と言ったらしい。


「学校には防犯カメラなんてないからね。説明する事も出来ない。しかも、他の子たちがかけつけた時には既に階段から踏み外した子がいてその場に真人もいた」

「……」

「説明しようにも『見えない』彼らにはそれがたとえ事実だったとしても『言い訳』になってしまう。結局、信じられたのは『その人の言い分』だけだった」

「じゃあ」


 私はおそるおそるお兄さんに言うと……お兄さんは小さく「うん」とうなずく。


「みんなが信じたのは階段に落ちた子の言い分だった」

「……」


「クラスの中心という事もあってそれだけ『目立つ』存在だったからね。反感を持つ子もいたんだろう」

「でも、真人くんの味方になってくれた子も」


 ――いたんじゃ。


 そう言うと、お兄さんは首を左右に振ってそれを否定した。


「結局のところ、真人以外にもクラスの中心になる様な子もいるんだよ。そして、事なかれ主義の子もいる。波風を立てたくないってね」


 お兄さんの言葉に私は思わず「うっ」となった。なぜなら、私もその「波風をあまり立てたくない人間」の一人だからだ。


「それで学校に居づらくなってね。僕たちはその学校から転校して今に至るってワケだよ」

「……」


 そこまで聞いて、私はようやく「真人くんが転校して来たばかりなのにクラスの男子たちを敵にしても止めていた理由」が分かった。


「ただいまー」


 そして、お兄さんの話が終わったタイミングで真人くんがちょうど学校から帰って来たのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る