⑥転校の理由


 お兄さん曰く、以前真人くんが通っていた学校で私の様に見える人は誰もいなかったらしい。


「でも、真人もそれは分かっていたし、僕も言い聞かせていた」


 それこそ「口酸っぱく」だったらしい。


「あまりにも言い過ぎて『しつこい』なんて言われた事もあったなぁ」


 今でこそ「それも良い思い出」なのだろう。お兄さんは「ははは」と笑う。


「そもそも、かえでちゃんから見て『黒いカタマリ』が見えるのは一万人に一人いるかいないか程度だからね。真人が前に通っていた学校で見える人が誰もいなかったのも仕方がない話だったんだよ」

「……」


 ――一万人に一人。


 その「一万」という数にあまりピンと来ていなかったけれど、それが大きい数だという事は何となく理解出来た。


「うーん、かえちゃんの学校は全ての学年を合わせた全員で千人程度だから、同じような学校を十個集めても一人いるかな……ってくらい言えば分かりやすいかな」

「!!」


 そんな私を見て、お兄さんが分かりやすく説明してくれたおかげでようやく分かった。


 ――でもそれって……学校全部って考えてって事だから。


 その中で「同じ学年」となると……今更とんでもない確率だという事が分かってしまった。


「まぁ、あくまで人数の割合だから運が良ければ二人とか三人とかいるかも知れないし、言わないだけで実は……って人もいるだろうけどね」

「……」


 ――確かに。


 そもそも私も「周りに話していない人」の一人だった。


「で話を戻すとだね。真人、昔はクラスの中心にいる事が多かったんだよ」

「え」


 正直、私はそれが意外だった。だって、今の真人くんからは想像が出来ないからだ。


「今の真人を見ていると分からないかも知れないけれどね。そうだったんだよ」


 しかし、お兄さんはそこで「はぁ」とため息をついた。


「元々の見た目も目立つし、言葉も悪い。まぁ、悪い事をしているワケではないけれど先生たちにはよく注意されていたよ」

「それは……」


 ――今もだと思う。


 ただ、学校ではあまり話しているところを見ていないので多分。真人くんの口調が悪い事を知っている人は少ないと思うけれど。


「ああ、僕が知る限り前の学校の時と同じように話しているのはかえでちゃんくらいだよ」

「え」


 私がお兄さんの言葉に思わず驚くと、お兄さんは「うん」とうなずいた。


「前に偶然真人のクラスの子に会って少し話をしているのを見たけど、かえでちゃんと全然違っていたから」


 そう言うと、その時の事を思い出したのか「ふふ」と少し笑う。


「まぁ、ちょっとそっけない感じだったけどね。多分、元々の口調が出ない様に頑張るあまりしゃべらない様にしているかもね」

「そう……なんだ」


 ――いつもは違うんだ。


 自分だけが真人くんに違う態度をとられていると知った私は……少しモヤッとした。


「……かえでちゃんはそう取っちゃうんだ」

「え」


 そう取るってどういう事だろう?


「いや、こっちの話。で、そんなある日一人の子がある話を持ち出してきてね。まぁ、それが僕たちが引っ越しをした理由につながる事になるんだけど……」


 そこまで言うと、お兄さんは「聞きたい?」と言わんばかりに私の方を見る。


「……」


 多分、ここから先はあまりいい思い出ではないのだろう。お兄さんにとっても、真人くんにとっても。それはお兄さんの態度を見ていれば分かる。


 ――でも。


 私は「知りたい」という気持ちが勝り、お兄さんに「うん」と大きくうなずいて答えた。

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