⑤居残りの理由


「……で、先に帰って来たんだね」

「はい」


 ――本当は……来るつもりもなかったんだけど。


 なんてさすがに言う事はない。でも、毎日毎日お邪魔するのも……という申し訳ない気持ちにもなる。


 ──でも、お兄さんなら「そんな事気にしなくていいのに」って言いそうだけど。


 それは多分、真人くんも同じだろう。


 ただ今回は自分の家に入ろうとしたところで、ちょうど家から出てきたお兄さんに声をかけられてしまったのだ。


 ──だから仕方ない。


 そう自分に言い聞かせる様に私は一人で「うんうん」とうなずいた。


「……ごめんね」


 そんな私を見て、お兄さんは申し訳無さそうに苦笑いを見せる。


「え」


 私はお兄さんの言葉に驚き……というより「どうしたんだろう?」という気持ちの方が強かった。

 なぜなら、お兄さんに謝られる様な事をされた覚えが全くなかったからだ。


「本当はかえでちゃんが一人でいた事が不思議でね。つい声をかけてしまった」

「あ、ああ」


 そう言われて思わず納得してしまった。


 でも、それはつまり「私が一人で帰り道を歩いている」という事がそれだけ珍しいという事を意味している……のだけど。


 ──そんなに一緒に帰っていたかな?


 当の本人である私にそんな自覚はない。ただ何となく「いつも真人くんが待っているなぁ」くらいにしか思っていなかったのだ。


「ふふ、自覚なしか。真人も苦労するなぁ」

「?」


 なんてお兄さんが言うから、私は思わず首をかしげてしまった。


「ああ。こっちの話だから」


 でも、お兄さんはいつもの笑顔でそう言ってその話は終わった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「それにしても先生に呼ばれるって、真人は何かしたのかな?」

「うーん……」


 お兄さんに言われて考えてみたけれど、全然思い当たる事がない。


「……分からないか」

「うん。でも、そんなに悪い事じゃないと思う」

「それはなぜ?」

「先生が怒っていなかったから」


 そう言うと、今度はお兄さんがキョトンとした顔になった。


 ──あ、そうか。


 私はそこでようやく気がついた。今の話だけでは全然伝わらないという事に……。


「えっと──」


 でも、話自体はそんなに難しいモノじゃない。ただ担任の先生の考えている事が先生自身の顔に出やすいというだけの話なのだ。


「なるほど? つまりそれだけ顔に出やすい先生が特に怒っていたワケじゃないから、そこまで気にしなくても大丈夫って事……かな?」

「たっ、多分」


 男子の『度胸試し』の時の後にあった呼び出しの事を考えると……ではあるけれど。


「まぁ。この学校ではそれなりに上手くやっているみたいだし、心配はしていないよ」


 そして「かえでちゃんもいるしね」と付け加えた。


「え」

「気になるんだろう? 僕たちが引っ越して来た理由」


 いつもの穏やかな笑顔ではなくこちらをうかがう様な目をしている。


「……」


 正直、気にはなる。


 ――でも……。


 本人が今聞いていいのかなとも思ってしまう。


「……じゃあ、今から話すのは僕の独り言だ。聞くも聞かないも好きにするといい」


 お兄さんはそう言うと、ポツポツとつぶやく様に話し始めた――。


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