⑨本番前


「ほっ、本当に私も見ていいのかな?」


 あっという間に迎えた『舞の本番』だったけれど、やっぱり私の頭には「見に来て良かったのかな?」と言う気持ちでいっぱいだった。


 ――知り合いがいるとやりにくいってあるんじゃ。


 ちなみに私もそのタイプで、出来ればそういった発表会とかは静かに見に来て欲しい。


 ――何というか「見られている」って言うのに慣れないんだよね。


 しかし「見に来る」という事自体が嫌だというワケではない。ただ「前もって知っている」という事が嫌なのだ。


「大丈夫。舞自体は一般の人も見る事が出来るから」

「え」


 何でもお兄さん曰く、舞の本番は神社の一角で行われるらしく、本番は近所の人たちも見に来るらしい。


「もちろんこの舞は神聖なモノだし、一般公開する事によってみんなに知ってもらうのも大事だしね」

「?」

「僕たちのやっている事は普通の見えない人たちにとってはかなりうさんくさく見えるから」


 お兄さんはそう言ってあっけらかんと笑っているけれど、その笑顔の奥にはどことなく怖い感じがした。


 ――いっ、色々『大人の事情』ってヤツがあるのかも知れない。


 ただ詳しく聞くつもりはないけれど。


「……」


 でも、言われて見れば確かに「そうかも」とは思う。


 ――私たちは「見える」からこそ、お兄さんが何をしているとか起きている事が分かるけれど、普通は見えないんだもんね。


 もちろん「見えない」からこその怖さも「見えている」からこそ分かってしまうのだけれど。


「まぁ、本当なら気付かせる気付かれる前に祓っちゃえればいいんだけどね。なかなかそうは上手くいかないのが現実だ」

「……」

「しかも、かえでちゃんが見た様な人に憑いてしまうと、色々と体調に影響が出ちゃうからね。で、それを祓うと徐々に健康になる。そうして『あの神社に行くと体が軽くなる』とか噂が広まってここに人が集まる。でもまぁ、僕たちのしている事って別に神様とか関係ないんだけどね」

「……」


 私は難しい話は分からない。


 ただ、お兄さんの話の流れから何となく、本当に何となく、あの『黒いモヤ』などを「人のため」ではなく「お金儲けのため」に行っている様に聞こえた。


「じゃあ、この神社って」


 でも、お兄さんの話を聞く限り私には……。


 ――この「神社」いるのかな?


 そういった疑問が過ぎった。


「何でも形から入るっていうのは、どうやら昔からの流れみたいらしくてね。こういったいかにもなモノがあると説得力があるらしい」


 つまり、この神社はかなり昔に建てられたのだろう。


「あ、そうだ。本番前に真人に会えるけど……どうする?」


 ふいにそう尋ねられたけれど……。


「ううん。本番前は集中したいと思うから」


 私は丁重にそれをお断りすると。まさか断られると思っていなかったのか、お兄さんはキョトンとした顔で私を見てすぐに「ふふ」と笑い出した。


「真人はそんなの全然気にしないと思うけれど」


 お兄さんにそう言われ、私も思わず「うっ、確かにそうかも」と思ってしまった。


 ――でも。


 何となく、お兄さんや真人くんが苦手としている人たちに「会いたい」という気持ちになれなかった。


「でもまぁ、うん。分かった。どこで見る? 最前列の特等席で見るかい?」


 ニヤリとした表情で尋ねるお兄さんに、私は思わず「コレ絶対ワザとだよね」と言いたくなる。


 ――ただ。


 もしお兄さんの言う通り最前列の真人くんからよく見える場所にいると、集中出来ないかも知れない。


 ――邪魔にはなりたくないしね。


「出来れば一般の人がいるところで見ようかな」

「おや、どうしてだい?」

「あまり目立ちたくないから」


 そう言うと、お兄さんは「ふむ」と何やら考え込む様な素振りを見せる。


「?」


 ――どうしたんだろう?


「いや、真人もかえでちゃんがいる事は知っているからね。もしかしたら、かえでちゃんを探すんじゃないかと思って」

「え、さすがにそれはないんじゃ……」


 私が思わず反論すると、お兄さんは「そうかな?」とまたもニヤリと笑う。


「でも、うん。そうだね、君を親戚連中の中に放り込むのは危険だろうし、久美子さんもそれを避けたかったが故に今まで関わりを持たない様にしたはずだ。だから……」

「だから?」


 そう尋ねると、お兄さんはズイッと顔を私に近づけ。


「かえでちゃんを真人からも見えるとっておきの穴場に招待しようかな」

「?」


 お兄さんはそう言って軽くウインクをすると、そのまま私の腕を引いて歩き出し、私はよく分からないままお兄さんの後について行く事しか出来なかった。

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