⑩分からない感情


「……」

「……」


 ――どっ、どうしよう。


 私の前には真人くん。そして、ねこの前にはお兄さん……という図が出来ていた。


「――」

『――』


 二人……と言うか一人と一匹は何か話をしているみたいだけど、こちらには何も聞こえない。


 ――きっ、気になる。


 しかし、それ以上に無言のままうつむいている真人くんの様子が……やけにこわい。


 ――せっ、せめて分かりやすく「怒る」とかしてくれた方がまだ……。


 良かったかも知れない。


「あ……ふっ、二人はどうしてこっ、ここに?」

「向井のところに……ねこが入って行くのを何度か目にしていた。最初は普通のねこかと思っていたが……」


 ――しっぽが二本ある事に気がついた……と。


 言われてみれば、いつもねこが現れるのはリビングの窓の近くだった。それならば真人くんの家からも見えるだろう。


「お前は……」

「?」

「向井は俺じゃなくてもいいのか」

「え」


「俺じゃなくて誰でも……」

「どっ、どういう事?」

「……」


 私が尋ねると、真人くんはなぜかうつむいたまままた無言になってしまった。


『――全く、なかなか難儀な性格をしているな』

「え?」


 そんな真人くんに対し、ねこはトコトコと歩きながら言う。


「うるせぇ」

「なっ、難儀……って?」


 ――えーっと、どういう事?


 そもそもその言葉の意味が分からない私は思わずそう尋ねた。


「難しいって意味だよ」

「おっ、お兄さん……」


 ニッコリと答えるお兄さんはいつもと何も変わらない。


「でも、驚いたなぁ。僕は『ねこまた』なのにここまでキッチリと会話が出来るのは初めて会ったよ。基本的に『ねこまた』は人間を襲う事もある危険な存在だと思っていたから」

『だてに長生きしていないというだけだ』

「それってつまり、長い間祓われる事もなかったって事かな?」

『……まぁな』


 ねこ曰く「ずっと飼い主のそばを離れないでいたかったから」とその飼い主が亡くなるまでそばにいたらしいのだけれど。


『ただ、ずっと離れなかったためにあいつが早くに亡くなってしまった事に亡くなった後に知った』

「……」


『それ以降は人間から距離を取って生活していたんだが……』

「?」


 なぜかねこは私の方を見る。


『何やら悩んでいる様に見えてな』

「……」


 確かに、ねこに声をかけられた時。私は心が沈んでいて「誰かと話をしたい」と思っていたのは事実だ。


『それにしても、二人そろいもそろって……』

「それは僕も思っているけどね。まぁ、若さ故にって事だと思っているよ」


 お兄さんはそう言って、なぜかねことお兄さんとの間で理解が出来ているらしい。


「?」

「どういう事だよ」


 ただ、私と真人くんは全く理解出来ていなかったけど。


「じゃあ、これから祓われても問題はない……って事でいいのかな?」

『まぁ、本当ならこの二人の行く末を見たいところだが……本来の目的は既に達成出来ているしな』


 ねこが『元気でな』と言った時。私は「これでお別れなんだ」と悲しくなったけれど……ねこがあまりにも穏やかな顔で言うから、私も「うん、元気で」と泣かない様に笑顔で見送った。


「……」


 でも、ねこがお兄さんに連れられて行くのを無言で見送った時。真人くんが優しく頭をなでるもんだから……私は思わず泣いてしまった。


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