⑧言えない気持ち
「じゃあ、また学校で」
「おう」
そう言って真人くんの家を後にする。
「はぁ」
さすがにまだはく息は白くないけれど、そろそろ肌寒さを感じる時期に入ってきていると感じる。
『夕食ぐらい食べて帰ればいいのに』
――本当に。
それが出来ればどれだけ良いだろう……と思う。
――でも。
家にはお母さんが用意してくれた夕食があり、さすがに食べないのは申し訳ないと思ってしまう。
――お母さんに「友達の家で食べるから」って言えたらどれだけいいだろう。
しかし、お父さんともお母さんとも全然顔を合わせていないから言うタイミングがなかなかない。
「……」
目が覚めると、いつも食べ終わって洗われた食器が並んでいて朝食や冷蔵庫に夕食が用意されている。
――だからお父さんもお母さんも家にはいるはずなのに。
肝心の二人の姿がない。いる、いや「いたという形跡はあるのに姿がない」という事が……きっとこの気持ちが分かる人はそう多くはないはずだ。
「そういえば」
――あの玄関にあった靴。
そこには男性モノしかなかった事を思い出した。
「……」
お兄さんは基本的に着物を着ているから草履を履くことが多いけれど、もちろん靴をはく事もあると思うけれど。
――そういえば。
私はここでようやく真人くんの家で真人くんとお兄さん以外の人を見た事がなかった事に気がついた。
――お父さんもお母さんも一緒に単身赴任ってヤツかな。
いや、それならわざわざ「義理」のお兄さんに真人くんを頼むはずがない。
――それに、もし真人くんが「ここを離れたくない」って言ったのなら分かるけど。
真人くんとお兄さんはつい最近ここに引っ越して来たばかりだ。その可能性は低いと考えるのが普通。
――そもそも。あの靴もお父さんのモノかも知れないし。
でも、靴箱は見当たらず玄関にある靴だけだった事を考えると……男三人にしては少ない様にも思える。
――じゃあ真人くんも一緒……なのかな。いや、違うか。
「真人くんにはお兄さんがいるし」
そう、それが大きな違いだ。
――間違っても真人くんは「一人」じゃない。
真人くんは家に帰ればお兄さんがいる。そして私は家に帰っても一人だ。
「……大丈夫」
――私はそれに慣れている。だから。
「大丈夫」
そう私は自分に言い聞かせる様に言うけれど……。
――悲しい。
「大丈夫」
誰もいない、一人で食べるご飯に話し相手のいない家。
『母さんが宿題しろってうるさくてよ!』
クラスメイトがそんな話をしているのを耳にして、うらやましいとすら思う事があるけれど。
「大丈夫」
――私は一人でも。
『本当にそうか?』
「大丈……夫――」
『本当の気持ちは違うのだろう?』
「……」
何も言えずに固まっている私に『寂しい……違うかい?』そう問いかける様に声をかけたのは……二本のしっぽを持った黒いねこだった。
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