⑥舞の練習開始


 そうして真人くんは舞の練習のためか、帰りの会が終わるとサッサと帰ってしまう事が増えた。


 ――別にそれがさみしいってワケじゃない。


 それは「理由をもちろん知っている」という事もあるだろう。


 ――ううん。むしろ「それしか理由がない」ワケなんだけど。


 ちなみに学校がある日は家で練習して、休みの日は親戚の家で練習しているとお兄さんから聞いた。


「まぁ、真人は親戚の大人たちが苦手みたいなんだけどね」


 それでも舞の先生曰く「本番の舞台で練習をした方が良い」らしく、そのため親戚の家まで行かないといけないらしい。


「……そっか」


 私はそれを聞いてすぐに「なるほど」と思った。


 なぜなら休みが終わって学校に来た真人くんはどことなく……グッタリとしていた様に思えたからだ。


「真人のお父さんと早くに亡くなってしまってね。姉さんが一人で真人を育てていたんだよ」


 この話を聞いたのは休みの日。家に一人でいる時にお兄さんがやって来た時の事だった。


「……」


 そしてそのお母さんも真人くんを残して亡くなってしまったらしい。


「親戚の人間を苦手としている理由は姉さんの亡くなった原因が家の人間にあると思っていたからだろうと僕は考えている」


 どうしてそう思うのか。


 それは「真人くんがお母さんを亡くしてどうするか」という話になった時の大人の態度を見てそう感じたらしい。


「とにかく真人の目が大人たちをにらみつけていてね。大人たちはどうにか真人の気を引きたかったみたいだったけどね」

「……」


 私には真人くんのその時の気持ちは分からない。でも、お母さんを亡くして悲しい気持ちの中で突然優しくされるのは……逆に怖いと感じたかも知れないと思った。


 ――だって、私もそうだったから。


 今になって思い出したけれど、おばあちゃんが亡くなった時にも似た様な事があったからだ。


 ――あの時に私に笑顔であいさつしてくれた人たち。もしかしたら、お兄さんの言う「親戚の人」だったのかも。


 それに、あの時以降。私に声をかけてきた人たちには会っていない。


「じゃあ、真人くんがお兄さんのところにいるのは」

「真人の希望。引っ越しをしたのも親戚の人から離れたかったからのと、久美子さんに合いたかったからだよ」


 お兄さんはため息をついていなかったけれど、どことなく疲れた様子だ。


「あの、大丈夫?」

「ん? ああ。親戚の人間は僕もどうにも苦手でね。体は疲れていないから大丈夫だよ」

「でも」

「本当に大丈夫。僕はちょっと会って話をする程度だからね」


 そうは言っているものの、やはり疲れが見える。


「僕はその程度でいいけど、真人はもっと大変だと思うから……疲れていたら元気づけてくれると助かるよ」

「え、でも私が出来る事なんて」


 そう言うと、お兄さんは「いつも通りで大丈夫だから」と笑う。


 ――いっ、いつも通りって……。


 ただそうは言われても、特に私が真人くんに何かをしているワケじゃない。でも、お兄さんは「それで良いんだよ」と言ってお茶を一口飲んだ。


「――それはそれとして、どうかしたのかい?」

「え」

「さっき、ちょっと顔色が悪かったから」

「あ……えと、あの実は――」


 そこで私はついさっき思い出した事を話したのだけれど……。


「……そっか。話してくれてありがとう」

「うっ、うん」


 お兄さんは私の話を真剣に聞いてくれて、そしてそのまま「ちょっと用事を思い出した」と言って帰ってしまった。

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