⑦待ち合わせ場所にて


 夜、ちょうど夕食の時間よりも少し遅いくらいの時間に私はお兄さんたちと学校の体育館の前で待ち合わせをする事にした。


「おや? 一人かい?」


 意外そうな顔で尋ねるお兄さんに対し、私は「おっ、お父さんとお母さんは仕事で……」と説明をした。


「そうか。でも、本当に大丈夫かい?」

「だっ、大丈夫です。大人の人もいるって言いました!」


 ──全くのウソじゃないし。


 そもそも、私のお父さんとお母さんは日付が変わるまで帰って来る事がほとんどない。


 一応、書き置きもしてきたから大丈夫なはずだ。


 ──本当はスマホとかあると便利なんだけど。


 しかし、お母さんからは「まだ早い」と言われている。


「……ふーん、連れて来たのか」


 そんな私に対し、真人くんはチラッとだけこちらを向いてそう言った。


「ああ、別に構わないよね?全く分からない子じゃないし」


 そう言いつつ、お兄さんはコソッと何やら真人くんに軽く耳打ちする。


「……チッ」


 ──舌打ち?


 それを聞いた真人くんは苦々しい表情を見せつつ軽く舌打ちをした。


「え……と、私。何か」


 そんな表情を見てしまうと、こちらも不安になってくる。


「何でもねぇよ」

「そうそう、かえでちゃんは何も気にしなくて大丈夫」


 二人はそう言ってくれるけど……。


 ──やっぱり私、ここにいていいのかな?


 自分で言い出しておいて今更になって少し後悔し始めていた。


「……まぁ、今更後悔し始めても遅いってね」

「おい」


 ニッコリと笑うお兄さんに対し、真人がすかさずツッコむ。


 ──コレは……元気づけてくれているのかな?


 よく分からないけど、確かにお兄さんの言うとおりだし、ここまで来て何もしないワケにはいかないだろう。


「それで……だ。どうやら今日は夜のクラブ活動はないみたいだね」


 お兄さんはそう言いながら体育館を見上げて確認する。

 そう、この学校の体育館はほぼ毎日どこかしらのバレーやバスケの少年団やクラブが使っている。


「確か今日は夕方までバトミントンのクラブが使っていたと思うけど……」

「それで今日は終わりってワケだ」


 ほぼ毎日使われる体育館だけど『夜』に使われる事もある。しかし、毎週二回か三回ほど『夜』は使われない曜日が存在するのだ。


「兄弟とか親から聞いていればどの曜日がないのかはすぐに分かるだろうな」

「うん。それに、カギも子供だけで借りる事が出来るから」


 私が付け加える様にそう言うと、真人くんは「はっ!?」と驚いた。


 ──そんなに驚くことかな?


「各クラブのカギ開け当番でお父さんやお母さんが仕事でどうしてもギリギリになって公民館までカギを取りに行けない時は、たまに学校帰りに取りに行ってって頼まれるって聞いた事があるから」


 あまりにも真人くんが驚くので更に詳しく説明すると、二人は「はぁ」と深いため息をついた。


「え、どうしたの?」

「いや……思っていたよりもザルっつうーか」

「そりゃあ……そういう事を考えるをおバカさんも出て来るかもね」


 真人くんはさっきからずっお苦々しい表情で、お兄さんも苦笑いだ。


 ──でも、それは……私も正直同じ事を思っていた。


 近くにお父さんやお母さんがいるのを確認出来ていたのならまだしも、これでは誰でも借りられてしまう。


 ──でも。


 しかし「仕事が忙しい」という理由も……何となく分かってしまうのだから、困った話でもある。


「……で、クラスのヤツラは既に学校へ侵入している……と」

「そのようだね」


 そう話す二人の前には六台の自転車が置いてある。


「そういえば体育館のカギって、体育館のこよさのドアだけで使えるのかい? 後、校舎に入れない様に何か工夫とか……」


 お兄さんは私に確認する様に尋ねるけれど、残念ながら私は今までクラブ活動をした事がないため分からない。


「──そうか」

「ごめんなさい」


 申し訳なさそうに言うと、お兄さんは「いや、謝らなくていいよ」と優しく声をかけてくれる。


「あ、でも」


 そこで私はふと思い出した。


「ん?」

「どうした」


「ううん。今思い出したんだけど……そういえば、本当なら学校の見回りが終わったら、校舎に誰も入れない様に体育館の手前でシャッターが下ろすらしいって聞いた事があったな……って」


 ──でも、本当にそうなら。


「ふーん。それじゃあ……」

「体育館のカギがあっても校舎には入れないって事になるね」


 二人は「ふむふむ」と言った様子でうなずく。


「でも『度胸試し』の話が出たって事は……」

「校舎に入れる方法があるか──」

「もしくは体育館だけでやるのか……かな?」


 お兄さんはそう言ったけれど、真人くんは「それはねぇだろ」とすぐにそれを否定し、お兄さんも「ないか」と笑った。


「まぁ、なにはともあれ。入ってみないとね。幸い、扉は開けっ放しで行ってくれたみたいだし」

「──だな。全く、忘れるとかどんだけ抜けてんだよ」


 真人くんはそう言いつつ扉を通るお兄さんの片手を握りながら続く。


「いやいや、緊急と興奮でそれどころじゃなかったじゃないかな」

「──そうかよ」


 ──仲、良いな。


 なんだかんだ言い合いをしていても、そんな二人からは何となく仲の良さが感じられる。


──なんか……良いな。


「ん」

「……え」


 なんて思っていたのも束の間。突然真人くんから差し出された手に私は思わず戸惑った。


「中は真っ暗だろうし、一人になったらそれこそ危ないからね。ちゃんと手を繫いでおかないと」


 戸惑う私に対し、お兄さんは優しく教えてくれた。


 ──あ、なるほど。


 お兄さんの説明に納得した私は真人くんの手をそっと握り、それを確認したお兄さんは「よし」と空いている手で持って来ていたライトを点けた。

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