⑧理想とギャップ


 体育館の入り口は二つあり、一つはカギさえ開ければ簡単に開き、もう一つはカギがなくても開くけれど、ものすごく力がいる。


 一つ目のカギは既に男子たちが開けているので問題なく、もう一つの入り口はお兄さんが開けてくれた。


「……」


 そうして私たちはいつも使っている体育館に入ったのだけど……。


 ──くっ、暗い。


 正直、ここまで真っ暗だとは思ってもいなかった。


 ──こっ、これからどうするんだろう?


 先に行ったであろう男子たちの後を追いかけるのだろうか。


 チラッと様子をうかがうように隣にいる真人くんとその横にいるお兄さんを見ると……。


「ふふ」


 なぜかお兄さんは面白そうに笑った。


「え」


 ──な、なんで笑われたんだろう?


「いや、ごめん。かえでちゃんが明らかに『これからどうするんだろう』って顔でこっちを見ていたから」

「そっ、それは……」


 確かにその通りである。


 ──でも、そんなに笑わなくったって。


「ふふ、笑ってごめんね。でも、かえでちゃんが思っている様な事はしないから」

「え」


 多分、この時の私は「よく分からない」という顔をしていただろう。だからなのか真人くんは「はぁ」とため息をつきながらも……。


「要するに『ここで待っている』って話だ」


 そう説明してくれた。


「なっ、何もせずに?」

「うん。確かに新月や満月にかえでちゃんが見ている様な『人には見えないモノ』の行動は活発になる。でも、基本的に彼らは驚かせるのが好きな割に臆病だ」

「臆病……」


 私がもう一度小さくつぶやくと、お兄さんは「うん」とうなずく。


「だから、よく漫画などである『人に取りつく』ってしないんだよ。大体は人が来た瞬間に驚かして隠れる。まぁ、あくまで『大体』だ。それに、真っ暗な学校で驚かせるのも、本来は危ない行動だしね」


 ──た、確かに。


 もし、階段で突然現れたら……最悪の場合。階段を踏み外してしまうかも知れない。


「不幸中の幸いか、彼らは物体を動かす事が出来ないから、何かの下敷きに……って事にはならないけどね」

「まぁ、驚いてどっかにぶつけてケガをするかも知れねぇけどな。それに、中には逃げるヤツもいるし、それこそ取りつくヤツもいる」

「え、そういうのって……」


 ──危ないんじゃ。


「うん。もし人間に害を与える。もしくは与えそうだと判断したら、こちらも祓わないといけない」

「はっ、祓うって具体的に……」


 お兄さんの口から『祓う』という言葉が出て、私は思わず漫画など見たアクションなどを連想した。


「うーん。なんか目をキラキラさせているところ悪いけど、基本的に『祓う』って地味だよ?」

「え」

「それに加えていつも出入りしている学校の玄関は先生たちが既に閉めているだろうし、帰ろうと思ったらここに戻って来るしかねぇだろ」

「うん。だから、このライトで入り口に誘導して御札で祓う事になるかな」


 ──な、なるほど。だからこの入り口を開けっ放しにしているのか。しかも、いつの間にか御札が準備されているし。


 お兄さん曰くこの御札も見える人にしか見えないらしい。


「なんか……釣りみたい」


 私が思わずつぶやくと、二人は盛大に吹き出した。


「?」


 ──なんかおかしな事、言ったかな。


 あくまで私は思った事を言っただけのつもりだ。


「ははは……はぁ」

「いや、お祓いを『釣り』って言ったヤツは初めてだ」

「そんなに?」


「いや。でも、確かにそうかもね。ただ、この御札で祓う条件は『彼ら自身』がこの御札を踏む事。そして、大体の彼らは人間から逃げてくる事から、それを前提に御札は作られている」


 ──ん?それって……。


 そこで私は少し引っかかりを覚えた。


「あの、それじゃあもしさっき言っていた様に『取りつかた場合』は──」


 そう言いかけたところで「ガタンッ!」と音がし、何やら「ガヤガヤ」と騒がしい声が聞こえてきた。


「……チッ、何もなかったみたいだな」


 小さな明かりがポツポツと見え始め、真人くん舌打ちをしながらは残念そうに言う。


 ──でも確かに。ちょっと……祓うところ。見てみたかったかも。こういった事はあまり経験がないし……なんて、さすがにダメだよね。そんな事考えちゃ。


「うん。元気でケガも無さそうだし、こちらに向かって来る様な感じもしない。まぁ、無事で何よりって事だね」


 確かにお兄さんたちの言う通りであれば、男子たちからあの『黒いカタマリ』は逃げてくるはずだ。


 しかし、そういった様な感じも視線も感じない。


 ──でも。


 お兄さんも「無事で何より」と言いつつ、どことなく残念そうに聞こえたのは……多分私の聞き間違いじゃない気がする。


「……?」


 そんな時、ふと私は『何か』の視線を感じた。


 ──な、なんだろう。近づいて来ている様な感じがする。


「? どうした」


 徐々に近づいて来る男子たちとその『何か』に、私は思わず真人くんの手をギュッと握りしめた。

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