それも今だけ
翌日。
辺境に飛んだリゼルがさっさと片付けておけと残していった書類整理に勤しんでいたエルネストは、漸くひと段落がついたと腕を伸ばした。明け方から続けた作業は朝食前にはなんとかケリがついた。小さく欠伸をすると外が騒がしい。なんだ、と振り返る前にけたたましい勢いで扉が開けられた。マナーがなっていない入室者はアメティスタ家の当主だった。
「品がないぞ」
「陛下!! 昨夜はどういう事ですか!?」
「昨夜?」
エルネストは首を捻った。昨夜と言われても、リゼルが魔界に戻り、ネルヴァから聞かされた悪魔狩の追試対策を取り、辺境に現れた魔物の大量発生の処理を頼んだだけ。特別可笑しな出来事はない。悪魔狩の追試の件は既に魔界中に報せてある。人間界にいる悪魔全員にもその内行き渡る。
怒りの原因が分からないエルネストに苛立ち、当主は昨夜媚薬漬けにされたビアンカがノアールの寝室に寝かされていたと激怒。ノアールがまた勝手にリシェルの許へ行き、気付いたリゼルが追い掛け魔界へ強制送還した。相応のお仕置きを用意したと語っていたが、内容までは聞いていなかった。
「ビアンカは?」
「医師が媚薬効果を消す薬を飲ませたので今はなんとも」
「そっか。良かった」
「良くありません! ビアンカは媚薬に長時間苦しんでいたのですぞ! 更に、ビアンカに媚薬を入れたのはリゼル様だとか!」
「ノアールがまたリゼルくんの逆鱗に触れる真似をしちゃったから」
「陛下はリゼル様に甘すぎますぞ! いくら、魔王候補筆頭と呼ばれていても既に過去の事。今の魔王は貴方様だ。何故リゼル様にそう頭が上がらないのだ」
「リゼルくんがいなければ僕はポンコツだし、今回の件はビアンカも悪い。リゼルくんを最も簡単に怒らせる方法はリシェルちゃんに危害を加える事。知らない筈はないのに」
深い溜め息を吐き、肩を落としたエルネストへ当主は更に怒りを見せた。
「ビアンカは泣いて部屋から出て来んのです!」
「可哀想だよとっても。でも、こればかりは庇えない。ビアンカの自業自得だよ」
「な、へ、陛下はビアンカが可愛くないのですか!? 次期魔王に育て上げた殿下に情が移ったと……!?」
「最初からノアールには情を移しているよ。さて、今から朝ご飯でも食べよっか」
集中力を切らさず作業に没頭したお陰で早く終わったものの、今度は耐えがたい空腹が襲う。未だ怒りが消えない当主を置いてエルネストは執務室を出て行った。
残された当主は右親指の爪を噛み、あくまでもリゼル優先なエルネストに腹を立てていた。
「くそ……こうなれば……リゼル=ベルンシュタインを始末するのが先だっ」
歪に唇を吊り上げた当主は用無しとなった執務室を出て行った。
今回辺境で起きた魔物の大量発生は自然的に起きたにしろ、利用しない手はない。渋るリゼルとエルネストを説得して、アメティスタ家お抱えの騎士団も同行させた。なんなら、リゼルは一人で十分だと言い放った時は殺意が湧いた。あの男の力は本物。他者の追随を許さない圧倒的魔力は魅力的過ぎた。
あの魔力を奪えれば……。
「成功すれば、ベルンシュタインの娘など無価値だ」
騎士達には一から十まで説明をし、作戦通り行動しろと指示をしてある。
成功すればリゼルの死と引き換えにあの膨大な魔力はアメティスタ家の物となる。
元々の魔力量は豊富なのでリシェルの容姿は非常に良い。リシェルを欲しがる魔族は多い。一番高い値で買ってくれる相手も探しておかないと。
「図に乗っていられるのも今の内だリゼル……!」
その日の午後……当主が仕掛けた罠にリゼルが堕ちたと騎士団から報せが届いた時、長い人生の中で最高の喜びを味わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます