悪魔は除け者
「ほら、早くおいで。人が多いからあまり離れないで」
ネロが差し出した手を渋々取ったリシェル。今朝、目を覚ますと勝手に人のベッドに入って人を抱き枕にして寝ていたネロにまだ怒っている。頬を膨らませても可愛いと指で頬を突かれるだけ。怒るだけ自分が疲れていくだけなので、この辺で怒りを鎮めて今日のメインである聖女と第一王子の祈りを見るのに集中しよう。
二人がいるのは大聖堂。黄金で作られた豪華で巨大な建物にリシェルは圧倒された。全て純金で作られていると言うのだから驚きだ。建物自体に神の祝福が授けられており、築何千年と経つのに一切の劣化がない。
神と縁が深い大聖堂に魔族である自分が入っていいのかと最初躊躇したリシェルの背を押したのはネロ。
「大丈夫。私がいるから入れるよ」と言うネロの言葉を信じて大聖堂の扉を潜った。拍子抜けするくらい何も起きなかった。外観と内観が全く違うと入って知った。
ステンドグラスで覆われた天井を感極まって見上げた。神と天使、人間が描かれたステンドグラス。そこに悪魔の姿は当然だがない。悪魔だけ除け者にされて寂しい気もするが、人間や天使達からしたら悪魔は害悪。敵以外の立場にはならない。
そう考えるとネロはとても不思議な人だ。
昨日のネロとリゼルの会話から、初対面で殺し合い、リゼルに半殺しにされたらしいネロだが態度や口調から恨んでいる風に見えなかった。内心を隠しているならリシェルには読めないが、一見リゼルには気を許した友人感覚で接している。
長く生きた悪魔同様、天使も感情の隠し方が上手い。微笑みの奥底に隠された本心を引き出す術はリシェルにはまだない。
手を繋いで歩いたまま、ネロを見つめていると視線に気付かれ目が合う。
「どうしたの?」
「うん。ネロさんはどうしてパパと仲良しなのかなって」
「リゼ君が聞いたら即否定されそうな台詞だ」
「そう? パパ、ネロさんと話してる時、陛下といる時と同じだったよ」
「リゼ君が?」
小言を言い、時に物理的手段で仕事の処理速度を早めてエルネストの一日の公務を終わらせるリゼルのやり方は鬼畜の一言に尽きる。実際に見ていないリシェルは何とも言えないが、リゼルに直接物申せない文官や騎士達に何度もエルネストへの態度を穏やかにしてやってほしいと訴えられた。
リシェルが正直にリゼルへお願いすると、懇願をした文官や騎士達が餌食となって疲れ果て床に倒れていたとは本人は知らない。
「私がエル君と同じね……」
「お祈りの見学が終わったら、パパの子供の頃の話が聞きたい」
「子供の頃の話と言うけど、あまり知らないよ? リゼ君に半殺しにされてエル君が止めた後、何年かは魔界で暮らしたけど。滞在したのはエル君の家だったし」
「魔界に住んでいたの?」
「言ったろ? リゼ君に半殺しにされたって。重傷を負って天界に帰れなくなったんだ。帰ったら帰ったで天使の大軍が魔界を襲ったろうけど、結局リゼ君に黒焦げにされるだけだったから戻れなくて良かったんだ」
リゼルの相手をする天使は皆黒焦げになるか、惨殺されるかのどちらか。黒焦げの方がまだマシだとネロは語る。死ぬのは一瞬、遺体が黒焦げになるだけ。惨殺されると死ぬまで苦しみ、遺体の損壊も激しく見る者によっては気分を悪くしてしまう者もいるとか。
残虐なやり方は魔族らしいがリゼルの場合、一度キレると頭が冷えるのに時間が掛かるのだとか。
そんなリゼルを止めていたのがエルネストだった。
何度もエルネストの情けなさに溜め息を吐きつつ、見捨てないのは幼少の頃からの関係が大きい。
聖女と第一王子の祈りを見学しようと多くの平民や貴族が大聖堂に訪れている。祈りを捧げる場所には、限られた人間しか入れない。ネロは入ってもいいらしく、連れのリシェルも入れてもらった。
自分達以外の人間達は豪華な服を纏い、髪も肌もパーティーに参加すると言われてもおかしくない気合の入れ様。
動きやすいワンピースを着て、髪は一つにリボンで縛っただけのリシェルとラフな格好のネロはかなり浮いている。
「魔法で服を変えた方がいいよね……?」
「いいや? 彼等には、私とリシェル嬢の姿は見えていない」
「え?」
祈りの場に呼ばれてはいても、初めは参加する気皆無だったネロは不参加だと王家に伝えていたらしく。人間界に興味津々なリシェルの為に足を運んだのだ。ネロの不可視の魔法によって二人の姿は人間達には映らない。なので、服装の心配は不要。
心配して損した気分になるも、確かめたい事があるとネロが続けたので聞く側に回る。
「王子様の見た目がね」
「殿下? 殿下の見た目がどうしたの?」
「王子様ってエル君とあまり似てないよね」
「殿下は亡くなった王妃様に似ているって言われてるわ」
至高の黒い髪は王妃と同じ。肖像画がないらしく、実際の姿は知らないが見た目も王妃譲りと聞く。
母親寄りの容姿だからネロが疑問にするのかと口にすると首を振られた。
礼拝堂に入り、姿が見えないのを利用して祭壇に近付いた。
「あ」
リシェル達に背を向けて祭壇へ跪く二人の男女がいた。
窓から差し込まれる太陽を浴びて女性の金髪の輝きは眩しく美しい。男性の方も金髪だが女性に比べると色素が薄い。二人とも白い服を着ている。祈りを捧げる時の決まりだそう。
跪いて両手を組み、微動だにしない男女の姿がリシェルには異様に映る。悪魔が何かに祈る行為はしない。あんな風に地に膝を付けて跪くのもだ。プライドの高い悪魔なら、死んだ方がマシだと声を荒げる。
「どう? あの二人が聖女と第一王子だ」
「二人は何を祈ってるの?」
「天界にいる神への感謝さ」
「届くの?」
「これが届くんだよ~。……面倒ったらありゃしない」
「? 何を言ってるの?」
「何も」
届くの後に小さな声で喋られ聞こえづらく、もう一度と言っても前を向いてと示され仕方なく向いた。――声を失った。
祈りを捧げていた聖女と第一王子が立ち上がり、此方へ向いた。
リシェルが声を失ったのは第一王子の見目。
色素の薄い金髪に青水晶の瞳。非常に見目麗しく、民に向ける面差しは希望に満ち溢れている。
髪も瞳も全然違うのに。
第一王子はノアールとそっくりだった……。
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