第三話 エピローグ

 幸いにも<くろしお>の乗員は機嫌を直してくれて、あの事実上の戦闘から生きて戻ってこれたことに感謝し、通常の任務に戻ると恨みも忘れてくれた。

 乗員からの大きな反発はなく<くろしお>は無事に横須賀に帰投出来た。


「あー、色々言われるんだろうな」


 係留作業を指揮しながら速水は愚痴った。

 魚雷撃ったこと咎められるだろうな。それも四本も。海自はタダでさえ魚雷は少ない。


 たまに撃つ 弾が無いのが 玉に瑕


 という川柳大会で優勝し全自衛官――三自衛隊すべての隊員が世代を超えて頷く川柳の言うとおり、自衛隊は弾薬の備蓄が少ない。

 正面装備の調達と人件費でカツカツなのだ。

 補充の為の追加発注をする潜水艦隊、その上の自衛艦隊、その上の海上幕僚本部、その上の防衛省装備調達本部、そして国の金庫番財務省の全てから文句を言われそうだ。

 安全な海域に出てから事件の速報を送っていたが、返事はなかった。

 頻繁に通信でやりとりをすると中国に傍受される危険があるからだ。

 詳しい事は横須賀に帰投してから直接報告するように命令されている。

 おかげですぐに帰ることが出来たが、気が重い。

 入港すると速水は艦長と共に潜水艦隊司令部へ出頭した。

 だが、意外にも潜水艦隊司令部は<くろしお>の行動に好意的だった。

 理由は近海に米軍の潜水艦が隠れていて、事件の一部始終を記録していたからだ。

 その米原潜が米太平洋艦隊に報告し、在日米軍司令部を通じて、潜水艦隊司令部に<くろしお>が得た事件の記録――戦闘データの提出を求められていたからだ。

 これから対決を深める中国、その主戦力である潜水艦の性能を、実戦とほぼ同じ状況で観測、記録したデータは貴重だ。

 魚雷の性能、ソナー、戦術、耐久度。

 分析すれば明らかに出来る。

 それに本格的な潜水艦同士の実戦など公式にはないし、非公式でもほぼ皆無、あったとしても一回か二回だろう。

 <くろしお>が得たデータは世界各国が欲しがる値千金の情報だ。

 世界一の腕を自負していても原潜を持たないため、普段アメリカに引け目を感じている潜水艦隊司令部は米軍からの要請、それも頭を低くして求めてくる状況に鼻高々だった。

 政府は中国から抗議が来ており、外務省を通じて海自にお小言があったようだが、同盟国アメリカと米軍の称賛もあり、強くは言われなかった。

 何より、今回の事故を隠したい中国が大っぴらに報道しなかった事も大きい。

 事故で戦略原潜を失い、誤認で攻撃原潜が海自潜水艦に魚雷を放ち、返り討ちに遭った。

 その上、手荒だったが、救助に手を貸した。

 などという真相がバレれば、中国の国際的信用はがた落ちになる。

 密かに救出を行ったが、中国は面子を重んじてか、公表しなかった。

 そのため、速水達<くろしお>への表だった懲罰はなく、むしろデータを持ち帰ったことを評価、特に事情をしる潜水艦隊の中で称賛された。

 ただ、発射された魚雷をどうやって調達するか潜水艦隊司令部は頭を悩ましている――賞賛した手前、速水達に文句を言うのが筋違いであり、何とか上を最終的には財務省を説得する方法をひねり出すのに知恵を振り絞ることになった。

 調達のゴタゴタはともかく、事件は終わり速水達は新たな任務に向かって言った。

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