ミサイル発射の阻止か否か

 戦略原潜


 戦略ミサイル原子力潜水艦の略称で、一隻あたり潜水艦発射弾道ミサイルを一二本から二四本搭載している。

 通常セイル――船体から突き出た艦橋の後ろに二列に並んで搭載され、船体上部にハッチが取り付けられ、ハッチを開放してミサイルを発射する。

 そのハッチを<くろしお>の目の前にいる中国軍新型戦略原潜は開けていた。


「副長! あいつらミサイルを撃とうとしています!」


 水雷士は速水に言った。

 中国の潜水艦発射弾道ミサイルの射程は推定で八〇〇〇キロ以上。

 新型ミサイルの場合、一万キロを越えると予想される。

 南シナ海からでも日本本土は勿論、ハワイやアメリカの西海岸を攻撃できるとされる。

 推定だが間違っていないはずだ。

 広い海を自由に動ける原潜だが、敵国の近くまで航行するのは時間もかかるし、敵国近海は警備が厳しく生き残れない。

 そこで、搭載するミサイルの射程を出来るだけ長くし、自国近海からでも敵国を叩けるようにしておく。

 その海域は味方の哨戒機と水上艦艇が絶えず哨戒させ他国の艦艇や潜水艦が侵入できない聖域を作り、そこに普段から戦略原潜を隠す。

 いざというとき、核戦争が始まった場合、聖域――警戒厳重な自国近くの海域を常時哨戒させている戦略原潜を味方が守り、最初の攻撃から戦略原潜が生き残り反撃できる可能性を増やす。

 これが冷戦時代からの戦略原潜の運用方法だ。

 旧ソ連も、オホーツク海や北極海から米本土を狙えるミサイルを開発していたのも、これが理由だ。

 映画に出てきたK-19のように射程の短いミサイルだと米本土の至近距離まで近づく必要があり哨戒機に見つかる可能性が高い。

 射程が一万キロ前後のミサイル――ソ連で北極海やオホーツク海から米本土を、あるいはアメリカが北極海かインド洋からソ連を狙える潜水艦発射弾道ミサイルが現れた理由だ。

 歴史的、地政学的な対立からアメリカを潜在敵国と認識した中国が南シナ海からアメリカ本土を狙える潜水艦発射ミサイルを開発していてもおかしくない

 そして潜水艦発射弾道ミサイルはただの弾頭を搭載している訳ではない。

 潜水艦発射弾道ミサイルのペイロード――搭載できる重量は精々一トンから三トン。

 通常の爆薬を詰めただけではビル一つ破壊できる程度しかない。

 だから重量の割に威力が非常に大きい核弾頭を載せている。

 中国の新型ミサイルは一メガトンの核弾頭一発か、一五〇キロトンの核弾頭を三発搭載可能と推定されている。

 広島型原爆で一五キロトンとされているから、ミサイル一発で広島に落とされた原爆の三〇倍から六〇倍以上の威力がある。

 目の前にいる戦略原潜が装備する一六本を全て放てば、世界を滅ぼすことさえ可能だ。


「連中が発射する前に撃沈するべきです」


 そのことを知っている水雷士は、攻撃を進言した。

 ミサイルはすぐに撃てない。

 発射前点検の他、内部のジャイロの同期――GPSは開戦により衛星が破壊され使用不能と想定されており、ミサイル内蔵のレーザージャイロで位置を特定する。

 そのジャイロに正確な位置を伝えるため潜水艦のジャイロと同期させる必要があり、時間が必要だ。

 だが五分もあれば作業は終了し、発射可能になる。

 発射までの時間、阻止出来る時間は、あと僅かしかない


「時間がありません! 副長!」


 水雷士は切羽詰まった声で進言する。


「待機だ」

「副長!」


 だが速水は取り合わず、待つように命じる

 水雷士は焦り、マイクを取り発射管室への回線を開いて命じる。


「発射管室! 魚雷一番二番用意! 目標前方の戦略原潜!」

「止めろ!」


 流石に速水は止めた。

 何時襲撃されても直ちに反撃できるよう、最低でも二本の魚雷を常に発射可能な状態にしている。

 現在は六門ある魚雷発射管の内、一番から四番まで魚雷が装填された状態だ。

 水雷士は、一番と二番を撃とうとした。


「戦争を起こしたいのか!」


 速水は水雷士を問い詰めた。

 いかなる理由であれ、攻撃し撃沈すれば国際的な非難を浴びる。

 そして中国からの報復を受ける。

 先に手を出したのは日本であり、支持してくれる国はいないだろう。

 孤立無援のまま戦ったら日本は負ける。いや引き金を引いた日本を、前大戦の記憶もある国際社会は今後半世紀は許さない。

 様々な制約を突き付けられ日本は衰退してしまう。


「しかし! 連中はミサイルを撃とうとしています! 核が炸裂すれば数十万人の被害が出ます」


 だが水雷士は原爆の被害を義務教育で受けており、中国の戦略原潜がミサイルを撃ったときの被害を想像して防ごうと必死だった。

 一度発射されたら自分たちに止める手段はないし、迎撃ミサイルも配備されているが、確実に迎撃が成功する保証はない。

 発射前に仕留めるしかない。


「まだミサイルを撃っていない」

「発射され炸裂してからでは遅いのです! 核爆発を一万度の高熱を市民に浴びせたいのですか」

「撃つことが確証できない。魚雷発射はダメだ」


 だが速水はそれでも許さなかった。

 二人が言い争いを始めようとしたとき、ソナーが報告した。


「目標に変化あり! ハッチを閉じています!」


 突然の変化に水雷士は驚く。


「全てのハッチが閉じました。お客さん通常航行に戻ります」

「……発射管室、待機せよ。通常の配置に戻れ」


 報告を受けた速水はマイクを通じて発射管室に命じた。


「……一体何が」


 状況を理解できない水雷士が呟く。

 速水は汗を拭きながら水雷士に説明する。


「彼らは我々お同じ事をしただけだ」

「同じ事?」

「日常の訓練だ」

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