戦略原潜の日常

 戦略原潜が搭載しているのは報復攻撃用の潜水艦発射弾道ミサイルだ。

 だが、有効活用するには常日頃から、撃てるように、いつでも発射可能な状態にしなければならない。


「搭載兵器をいつでも撃てるようにするには、日々の訓練と点検が必要だ」


 スポーツ選手が試合に備え、日々練習をするように武器を扱うには練習が大事だ。

 <くろしお>でも日々装備の点検と訓練を航海の合間に行っている。週に一度は浸水への対応訓練を抜き打ちで行い、本当に撃たないが魚雷の発射訓練や装填訓練も行って練度を維持している。

 潜水艦発射弾道ミサイルも日々の点検と訓練、特に複数の人間が関わるミサイル発射の訓練は大事だ。


「彼らは自分の任務遂行のための訓練を行っただけだ」

「ミサイルの発射扉まで開くのですか?」

「そういうものだ。俺たちだって魚雷発射管の点検で外扉を開くだろう」


 訓練と同時に機器の作動状態の確認も必要だ。

 常に強い水圧に曝されているハッチが開放できるかどうか確認するために開けることもある。

 ハッチを開いてミサイルを発射するように見えても、彼らにとっては自分の保有する装備を使った日常の訓練と点検に過ぎないのだ。


「それが彼らの日常なんだ」


 水雷士は速水の説明を聞いても信じられないようだった。

 だが速水が後ろに視線を、艦長室に向けて納得した。

 ハッチが開放された報告を聞いていたにもかかわらず艦長も現れないのが証拠だった。


(攻撃命令を下さなかったのも艦長が来なかったからだがな)


 速水も水雷士と同じでミサイル発射、攻撃準備の行動ではないか、と思いはした。

 だが、食事の際に日中の首脳が会談をしていたことをラジオで聞いていたため発射はあり得ないと考えた。

 もしかしたら自国の戦略原潜が追跡させれていることを知っていて、アメリカか日本の潜水艦に攻撃を誘発させ、今行っている会談、外交交渉を有利にするための材料にしていたかもしれない。

 以上を理由に速水は攻撃を命じなかった。

 だが、一番大きな理由は艦長がやってこなかったからだ。

 薄いカーテンだけで遮っただけで発令所のやりとりは全て艦長の耳に入っているはずだ。

 ミサイルハッチを開けているのに発令所に駆け込んでこないのは中国の戦略原潜がミサイルを撃たないと判断しての事だろう。

 それなりに潜水艦の指揮官として優秀で自立した行動も取れる速水だが、艦長の判断には全幅の信頼を置いていた。

 艦長が来ないのを、中国軍は撃たないと判断したと解釈して命じなかった。

 いずれ、艦長の行動から推測せずに決断しなければ、潜水艦は全ての決定を艦長が行わなければならないのだ。

 艦長の行動から推測するなど行えない。得られた情報から決断できるようにしないといけないと速水は自戒した。

 だが他にもやらなければならないことがある。


(ああ、評価に響くかな)


 速水は今のやりとりを、扉を閉めず薄いカーテンで遮っただけの艦長室から艦長が聞いていたであろう今のやりとりをどう評価するだろうか、と思った。

 新人幹部一人を抑えられない、教育を施せない無力な副長だろうか。

 まあ起きた事は仕方ない。時間は巻き戻せない。

 だが失態は後始末しなければならない。むしろ失敗した後のフォローをどのように行うかが人の真価だ。

 速水は醜態を見せてしまい意気消沈している水雷士をサポートしなければ、と考えた。

 今言った程度の知識は水雷士も知っているハズだが、長引く航海の疲れと、追跡のストレスで失念していたのだろう。

 速水は教え直すこととする。


「まあ、我々にはない装備だから思いつかないのも無理はない。通常兵器の訓練より、厳しいしな。査定が酷いからな」

「そうなんですか?」

「ああ、報復用の核を載せているからな。人によっては発射を躊躇する。だから抜き打ちで、本当にミサイルの発射キーを回すかどうか試すために実戦さながらの命令を下したり、司令部と通信を途絶させたりする。そして回したかどうか発射装置に記録させ寄港後、査定する。発射キーを回さなかったら転属だな」

「まさか」

「実際やっている。少なくとも米軍の潜水艦ではやっている」


 以前人事交流でアメリカの潜水艦、戦略原潜のパトロールに同乗した事があったが、米海軍もいきなり発射命令を受けた後、ハッチを開き、発射管制キーを発射位置に回すまで訓練と点検をしていた。

 後から訓練だと分かっても、訓練中は何も知らされずキーを回さなければならないため、同乗していた速水は世界の破滅かと不安になったものだ。

 勿論訓練用の回路に切り替わっており本当に発射される事はないが、キーを回すまで行わなければならず心臓に悪い。回さなかったら、艦長不適正で解任、左遷だ。

 これは米軍のやり方だが、戦略原潜を運用するロシア海軍も同じだろうし当然中国海軍も同じだろう。

 お客さん連中、戦略原潜のサブマリナーも常に国から評価を受ける立場なのだ。

 命令があれば躊躇なくメガトン核ミサイル、国一つ滅ぼせるミサイルを撃てるかどうか常日頃試される深海に潜む戦士。

 実体験もあり速水はそのような立場に置かれるのは非常に嫌だが、それが現実であり仕方ない。


「目標、潜航します」

「追跡を続行。潜航せよ」


 ソナーの報告に速水は指示を下す。

 暫くは浮上して発射訓練を行う事も無いだろう。

 発射訓練は必要だが、やり過ぎると、他の潜水艦に見つかってしまう。

 潜水艦の艦長なら出来るだけ見つからないように行動する。

 既に<くろしお>が見つけているが向こうは知らない。

 だが出来るだけ、静かに姿を隠していようとするだろう。


(水雷士に指揮をとらせるか)


 先ほどの失態で自信喪失状態だろう水雷士の事をどうしようか、と速水は気遣った。

 何か仕事とを、適度な難易度の仕事を与えて自信を回復させた方が精神的に良い。

 水雷士に何を命じようか速水が考えていると、前方の目標、中国海軍の戦略原潜が爆発を起こした。

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