追跡の苦労
「お客さんまでの距離二〇〇〇に開きました」
「追跡を再開する。スクリュー作動」
十分離れた事を確認して速水達<くろしお>は追尾を再開する。
離れると相手、中国の戦略原潜の音が小さいので見失うし、近づくと向こうに発見される。
しかも先ほどのような急旋回を気まぐれにしてくるので油断出来ない。
絶妙な距離を保ったまま、静かに追尾する必要があるのだ。
「あんな厄介な艦、建造しないで欲しいのですが」
「全くだな」
水雷士の言葉に同意しつつも速水は無理だと思った。
アメリカを強く意識している中国にとって、核戦力、特に生存性の高い戦略原潜を建造整備する事に全力を尽くしている。
米国からの攻撃を防ぐため、いずれ対決するときのために切り札にしようとしているのだろう。
これはGDPが世界二位となった中国にとって重要なのだ。
一四億の人口とGDPを維持するために中国外からの資源の輸入は必要だ。
だが、世界にはアメリカの権益が多いため、資源を巡ってのアメリカとの対立は必定。
その時に備えて、交渉を少しでも有利にするため、少なくとも核戦力で対等な立場になるため戦略原潜を整備する事を中国は止めないだろう。
中国の隣にいる日本は確実に米中の対立巻き込まれる。
そのためにも中国海軍の情報、戦略原潜の動向は日本自身でが把握しておく必要がある。
アメリカとの同盟を維持しつつ隷属しないためにも、自分たちで提供出来る情報が必要だからだ。
そして、万が一、開戦になった時、優位に立てるかどうかは普段から集めた情報の多寡で決まる。
相手の行動パターン、航路、航海日数など、相手の行動を把握し予測すれば、奇襲したり先手を打つことが可能。
優位に戦えるよう、普段から張り付いている必要がある。
当然、中国に知られずに行う必要があるから速水達潜水艦が送り込まれる。
海自の潜水艦は二二隻と少ないが、潜水艦隊司令部は出来れば中国の戦略原潜全てに一隻は潜水艦を貼り付けたいだろう。
無理でも出来るだけ多くの潜水艦を送り高価値な目標、戦略原潜を追いかけさせようとしている。
そして中国はアメリカに対抗するため戦略原潜を増やしている。
速水達の仕事はなくなるどころか、今後増えていくのは確実だ。
「やっかいな事だ」
明るくない自分の未来を想像して速水は嘆息する。
あと何回、このような任務を続けることになるのだろうか。
幸いストレスをため込まないよう、努力しているが回数が増えると知らず知らずのうちに溜まっていく。
特に充電が必要な通常動力型潜水艦だと無防備な充電時間を中国海軍の基地の真ん前で行う必要があり、神経がすり減る。
「原潜が欲しいものだ」
無限の航続距離を誇る戦略原潜の追尾も充電しながらだと追いかけるだけで大変だ。
バッテリー残量を気にしながら航行するのは、精神衛生的によろしくない。
やはり原潜は欲しい。
お願いしても反戦団体は理解してくれない。
中国が持っているのに、日本が持つことを反対し、中国への抗議は一切無い。
不平等すぎる。
彼らは中国のスパイ組織なのだろうか、それとも日本だけを叩けば良いと考えているのだろうか。
いずれにしても、日本に原潜の建造計画がない今、速水達が性能が劣る通常動力型潜水艦で任務を遂行するのは確定した未来だ。
ウンザリするような、未来に速水は肩を落とす。
「発令所、こちらソナー、目標に変化」
ソナーが報告してきた。
何時までも暗い考えをしていることは出来ない。
目の前の事態に対応するため、速水はソナーに状況を尋ねる。
「またクレイジーイワンか?」
「いえ、浮上しています。現在三〇〇、二五〇、更に浮上中」
「こちらも追跡する。操舵手、目標より深度を一〇〇下に付けろ」
「宜候」
操舵手がゆっくりとジョイスティックを操作する。
緊張しているようだが、不必要に動かさない。
潜舵も動いており、動かせば音が出る。震えて動かしてしまい、音が出て相手に気が付かれることは避けなければならない。
操舵手も分かっており、緊張しつつも慎重に、最小限の動きで追随する。
「目標、深度五〇で浮上停止。前進は継続しています」
「深度一五〇へ」
速水は指示を出す。
操舵手は、目標の深度で艦を水平にする。
「ソナー、目標に変化は?」
「変化なし、いえ、動きがあります!」
ソナー員は慌てて報告する。
冷静に聞き違いがないか確認し、早口で報告する。
「目標の船体上部で複数の動作音! 多数のミサイル発射管のハッチを開いています!」
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