ゴミ処理の手間 相手の目の前で行う苦労

 その時、速水は両手にビニールの手袋を両手に嵌めて、ゴミに手を突っ込んでいた。


「量が多いな」


 先日の夕食の出来がいまいちで残した連中が多い。

 幾らカレーが海自の定番でも昨日のは少し辛すぎた。

 食べ残しが出てしまい、ゴミとなり、速水が手を突っ込むことになった。

 どうも彼ら、調理員は疲れているようだ。

 彼らが疲れると食事の質が、味が落ちる。不味い食事が出るとそれを食べて任務に邁進する乗員の士気が、操られる艦の能力が落ちる。

 最悪事故に繋がりかねない。

 少し、彼らを休ませる必要があるだろう。コンビニどころか、ケータイも使えない潜水艦だがベッドで横になるだけでもして疲れを抜いて欲しい。

 乗員もただでさえストレスが掛かる環境だし任務を考えれば食欲も減退する。少しでも食べて力を付けて欲しい。

 目の前のゴミの量が減るわけではないが、副長としてストレス軽減に手を抜くわけにはいかない。

 昨今、世界を賑わせる中国海軍の重要拠点、海南島南方の海域に潜行中であれば、なおのこと。

 海中投棄するゴミも気を抜けない。

 潜水艦は機密の固まりであり、艦の詳細が洩れないようにする必要もある。       

 ゴミからもある程度、艦愛を推測することが出来るためゴミの投棄も幹部のチェックが必要になる。

 食料庫さえ、大きさと乗員の人数から行動期間を割り出される、という理由で大きさが公表されることはない。

 潜水艦の情報は必要以上の物は、一切漏らしてはならないのだ。


「良いぞ、閉じてくれ」


 確認が終わったあと速水はゴミが重し入りの袋に入れられ、投棄準備完了の位置に持って行かれたのを確認。

 チェック漏れの袋がないか確認すると発令所に戻っていった。


「やれやれ、大変だ」


 グアムで訓練支援というのは本当だ。

 現地に派遣された対潜哨戒機部隊と米軍の共同演習の相手役をやった。

 無事に終えると潜水艦救難艦<ちとせ>の大浴場で湯船の中で脚を伸ばし、<ちとせ>名物のフーカデン――ゆで卵入りのハンバーグを食べ、清潔なシーツが敷かれたベッドで眠り、グアムのショッピングセンターで上陸を楽しんだ。

 そして、意気揚々と日本に向けて出港し、潜航した直後、南東へ針路を変更してから、真の任務、海南島周辺の偵察が明かされた。

 昨今急速に増強されつつある中国海軍は脅威だった。

 空母や大型水上艦もそうだが、真に恐れるべきは潜水艦隊、特に戦略原潜だった。

 通常動力型潜水艦は製造を休めているようだが、原子力潜水艦は製造している。

 弾道ミサイルを搭載した戦略原潜の情報は重要で、最近新しい戦略原潜が就役したのを偵察衛星が確認している。

 そいつが、どこに居るのか、どんな音紋なのか探る必要があり、<くろしお>に任務が与えられた。

 偵察のための偽装も念入りに行われていた。

 横須賀を密かに出港したように見せかけ、突如グアムに現れて注目を集める。

 当然グアム周辺を偵察している中国の工作員や潜水艦に見られる。

 だが、見せて良い。

 訓練が終わって日本に向けて潜航したら工作員は<くろしお>を見る事は出来ない。

 グアム偵察中の中国潜水艦も、<くろしお>が日本に向けて進んでいることを知らせる通信を送信した直後、グアムに展開していた対潜哨戒機部隊が張り付き、<くろしお>から引き離す。

 直後に<くろしお>は針路変更、海南島へ向かった。

 日本の横須賀には近海を航行中の僚艦が入港し、短時間の整備の後に出港するようにして<くろしお>が日本近海にいるように見せかける偽装まで施している。

 その間に<くろしお>は、南東へ航行。

 赤道を西へ向かう北赤道海流に乗り、途中で南シナ海へ向かう分流へ乗り込み、海南島近海に接近した。

 海流に乗ることで速力を抑え、音をたてないようにする計画だった。

 そのためにわざわざ訓練名目でグアム近くまで出張ってきたのだ。

 訓練自体は年間計画に組み込まれているが、偵察の偽装に使わせて貰った。

 潜水艦隊の粋なはからいで、潜水艦救難艦<ちとせ>が派遣され、偵察前の英気を養うように取り計らってくれた。

 米海軍との共同作戦で原潜を周辺海域に展開しており、その一環として<くろしお>を派遣しているため潜水艦隊司令部の力の入れようが分かる物だ。

 期待されるのは嬉しいが、入れ込みすぎだと気持ちが萎縮する。

 それでも<ちとせ>を派遣したり、偽装工作に協力してくれたのは良い。

 口先ばかりの人間が多い中、実際に手を貸してくれる人間がいかに少ないか知っている速水としてはありがたいことだった。

 

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