出撃
夜明け前、暗闇の中、照明に照らされた第三バースには<くろしお>の全乗員が整列し待機していた。
そこへ<うずしお>のハッチから出てきた艦長がタラップを降り、乗組員一同の前を通り閲兵する。
無言のまま通り過ぎ、にやりと笑うと、再びタラップを上がり、<くろしお>の甲板に上がった。
「諸君!」
潜水艦<くろしお>艦長深谷二佐は、セイル――艦橋を背にして甲板から桟橋の全乗組員に、照明に照らされる彼らに言った。
「我らはこれより、日本が生み出した世界最高の戦闘マシーンに乗り込み、祖国防衛の最前線に立ち、最後の防衛線となる!」
芝居が掛かった調子で艦長は、演説を始める。
「類似の艦はあれど、最高の艦はこの艦以外になし! だが我らが赴く戦場は光さえ届かない深海。そこでは友軍は勿論、家族さえ近くにいない。近くにいて助けてくれるのは我ら共に乗り組みむ七十名のみだ。そして適切に扱えなければ、世界最高の艦でも鉄くずとなる。そんなことは絶対に艦長として許さん」
ウキウキしながら艦長は演説を続ける。
「決して恐れるな、だが無謀になるな。敵だけでなく、深海もまた敵である。細い指先に全体重が掛かるほどの水圧は君らのミスを決して見逃さず耐圧殻を食い破り艦内へ侵入しようとしている。もし、ミスったら、君らは全身に私の雷を喰らうだろう」
乗組員達も笑みを、薄ら笑いを浮かべていた。
ブーツで尻穴を掘られるのとどちらがマシかと。
副長の速水も含めて考えていた。
「副長!」
「はっ!」
全乗員の前に立っていた速水は呼ばれて返事をした。
「貴様はこの艦の名前を知っているか」
「勿論です!」
「栄光に輝く名前だ」
「誇り高き名です!」
「乗組員は粒ぞろい!」
「皆精鋭です!」
「世界最高の艦だ!」
「私がこれまで乗り込んだ幾多の艦の中で最高の艦です!」
「君はその艦の名前を言えるか!」
「乗り組んだことは生涯の誇りです!」
「その名前は」
「<くろしお>です!」
「お前達! 胸を張って自分の艦の名前を言えるか!」
『我らが艦っ! <くろしお>!』
艦長の呼びかけに全乗組員が唱和した。
「よろしい! ならば出航だ。命令が下った! 我らは出航する。全員乗り込め! 副長!」
「了解! 全乗組員は出航配置に就き、出港準備!」
副長の声が響いた後、乗員達は微動だにせず沈黙が走った。
号令を待ち臨み、誰も動かなかった。
そこへ速水は大声で号令を掛ける。
「掛かれっ!」
速水の号令と同時に乗員は駆け出した。
出港のラッパが鳴り響く中、乗組員はタラップを駆け上り、<くろしお>へ乗り込んでハッチに入り配置に就いていく。
速水も乗り込むと艦長と共に艦橋の上にある見張り台へハシゴを登ってゆき出港指揮を執る。
「総員乗艦完了!」
「タラップ外せ! 舫い解け!」
全員が乗り込むと、タラップは外され、舫いがほどかれる。
艦内では、狭い通路を通り抜けハシゴを下りて各所へ乗員が走り、配置で機器を操作する。
「機関始動!」
ディーゼルエンジンが唸りを上げて稼働する。船体後部の排気口から水煙のように煙を上げる。
「電圧電流よし!」
「スクリュー回せ! 後進微速!」
号令と共に艦尾のスクリューが作動し、徐々に後進する。
「スクリュー停止! 前進微速! 取舵!」
桟橋から離れると、X舵を使って向きを変え、航行開始。
「岸から離れました」
「甲板要員、艦内へ! ハッチ閉鎖!」
ハッチカバーが外された。
岸から離してから外したのはハッチの厚みから安全深度が割り出されないようにするためだ。
岸から十分に離れても望遠レンズで撮影されるチャンスを短くするため、素早くハッチが閉ざされた。
「機関出力上げ! 速力前進半速!」
ディーゼルが唸りを上げ、船体後方からディーゼルの排煙が水煙のように吹き出し、速力を上げる<くろしお>。
横須賀を出発し東京湾を抜け、日が昇り始めた太平洋へ進み出した。
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