情報収集と誘い
速水は礼儀正しくも、断固たる決意で中国潜水艦を排除することにした。
「前進。面舵、進路変更右45度。トリムダウン五。潜航せよ」
「了解、現在深度二〇〇。深度増大中」
速水は<くろしお>を前進させ、潜らせた。
中国潜水艦の脇を通過し、深度を増していく。
「現在深度二五〇」
「ソナー、相手の様子はどうだ?」
「後方より追尾してきます。あちらの深度は上ですが、此方に付いてきて潜っています」
「無防備だな」
何も考えず追跡してくる中国潜水艦に速水は呆れた。
「現在、本艦の深度三〇〇」
「中国潜水艦、まだ付いてきます。相手の深度は二五〇」
「まあ、此方の情報を得たいだろうしな」
平時においても万が一の有事に備えて情報収集は欠かせない。
自衛隊もそうだが中国海軍も此方の情報を得ようと必死だ。
特に潜水艦は機密の固まりであり、その情報は欲しい。
音紋の収拾が一番だが、潜航可能深度を探るのも垂涎の情報だ。
潜水艦はどれほど深く潜れるかが重要であり、潜れる深度が判ると沈められやすい。
第二次大戦の時、Uボートが連合軍の想定より深く潜れることが分かり、対潜兵器を改良して深いところへ攻撃出来るようにしたら潜水艦撃破率が上がったこともある。
それだけ安全深度は重要なのだ。
特に海自の潜水艦は世界でもトップクラスに深い場所へ潜れるとされており、その正確な数値を得ようと周辺国は躍起になっている。
潜水艦乗りもそのことを知っており、自身と仲間の生存に直結するため、潜航可能深度――何処まで潜れるかという話は口が堅い。
「本艦の現在深度三五〇」
だが、今目の前で<くろしお>が深度を増して深く潜っている。
後ろから中国の潜水艦が付いている状況では、相手は<くろしお>が追跡を振り切るために深く潜っている、最大深度まで潜るのではないか、最大深度を解き明かせる好機と考えているのだろう。
決して、離れようとは思ってはいまい。
中国潜水艦の任務は恐らく海自潜水艦の動向と能力調査。
でなければ危険を冒して、見つからないように東京湾周辺にやってくるはずがない。
<くろしお>に発見されても、なお任務を遂行しようと躍起なようだ
だが、それこそ速水の思うつぼだった。
「バラスト、そろそろレイヤーが変わる。準備しておけ」
速水が言うと発令所左側後方にある艦制御の担当者が言った。
「既にやっています。決して揺らしはしません」
「心強いな。後ろから付いてくるお客さんに気取られるな。姿勢を崩してコースに不安を与えるなよ」
「任せてください、一流ホテルのボーイのように優雅に動いて見せます」
心強いと速水は思う。
そして、そろそろと思った時に、鈍い揺れが起こる。
操舵手が潜舵を緩め、バラスト担当が忙しく調整している。
だが、揺れは最小限で済み、速水はそのまま<くろしお>を航行させる。
「ソナー、後ろの中国潜水艦は?」
「追尾してきます。此方にまっすぐ付いて来ます」
「魚雷発射管は?」
「開けていません」
相手は此方が打ってくるのを警戒して閉じたままだ。
今の魚雷は誘導装置が優秀で真後ろにも魚雷を撃てる、艦首から発射し180度反転させ命中させる事も出来るので警戒するのも無理はない。
それでも向こうは此方の情報が欲しくて付いてくる。
「そろそろ、レイヤーに引っかかるな。注意しろ」
「宜候……中国潜水艦の深度三〇〇……いや、変化あり! 潜っています!」
「深度を増したか?」
「いいえ! 垂直に下がっています! 沈下です!」
ソナー員が興奮するように報告するが、速水は冷静に呟いた。
「引っかったか」
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