海洋国家

 中国脅威論を唱えるとまた侵略戦争を起こすのかと怒り出す人間がいるが、近年の中国海軍の傍若無人ぶりには目に余るモノがあり、警戒と情報収集の為、中国軍の軍港近くに出張る必要がある。

 専守防衛の範囲外と主張する人間がいるが、日本を狙う戦略原潜を監視するために、攻撃の予兆がないか監視するために行く必要があるのだ。

 だが日本を遠く離れた海域で長期間活動するなど通常動力型潜水艦には過酷な任務だ。

 他国への侵略ではないか?

 射程数千キロのミサイルを搭載し日本を狙っているかもしれない潜水艦を見張ることの何処が侵略だ。

 撃たれてからから平和を叫ぶことが出来るのか、いや死んだら何も出来まい。

 海外に出ることが侵略なら無資源国で輸入で資源を賄っている日本はどうなるのだ。

 食糧自給率33%の日本は世界中を結ぶ通商網を維持出来なければ、国民の大半が飢え死にだ。

 第二次大戦はB29の空襲の記憶が強いため、無視されがちだが日本を降伏に追いやったのは、潜水艦による無制限攻撃による商船の消失だ。

 原油のある中東、鉱物資源の多いオーストラリア、小麦などの食料品を出する北米、工業製品の輸出先である欧州。

 すべて船による通商路で繋がっている。

 海洋国家である日本はこれら航路の安全を守る必要がある。

 海賊が出たソマリア沖に護衛艦を出して船団護衛を行ったのは、海洋国家として当然のことだ。

 勿論先の大戦のような侵略は絶対にダメだが、貿易のため、安全保障の為に諸外国と連携して通商路を守る必要があると速水は考える。

 それも世界規模で通商路を持つ日本は全世界に展開出来る装備を持つ必要があると思っている。

 そのためには航続距離が無限に近く、長期間潜航出来る原潜が絶対に必要だと思っている。

 60日から75日の長期間の作戦活動が可能な原潜は世界中何処でも海が繋がっていれば行ける。

 航続距離が無限なのに活動日数が制限されるのは、乗組員の限界によるもの。さすがに二ヶ月以上の潜航は心身への影響が大きい。

 建造費と維持費が高いことは事実だが、上手く運用出来れば、それ以上のパフォーマンスを原子力潜水艦は発揮出来る。

 少なくともバッテリーの充電の為に危険を冒して浮上するなどしないでよい。

 その充電時間さえ、哨戒活動に使える。

 それに充電中は、相手に探知されやすい。

 ディーゼルエンジンの音もそうだが透明度の高い海域なら上空から丸見えで、神経を使う。

 それにトム・クランシーの小説で、日本の潜水艦を探知するためにシュノーケル航行中の音、雨が降るような音をソナー網の記録から見つけ出し、晴れているのに雨の降るような音を見つけ出して潜水艦を探り当てる描写があった。

 日々の技術革新により静粛性は向上しているが、同じ事が起きかねない。

 だから充電時間を短縮する努力を日々怠らない。

 頻繁に浮上して充電を行うのも、バッテリーの充電時間を短縮するためだ。

 比重が高い――バッテリーの残量が多い程、充電にかかる時間が短く済むからだ。

 バッテリー残量を気にするのは通常動力型潜水艦乗りの癖だ。

 原潜ならばこんな気苦労は必要ない、と思うと速水は本当に原潜が欲しくなる。

 だが、同時に船乗りとして自分が乗る<くろしお>を愛している。

 船乗りというのは、よほど酷い欠点――命に関わるような、沈没しかねない欠点でない限り、自分の乗る船を愛する。

 いや、苦労でさえ船を愛する感情の発露として悪態を吐きながら、聞きとして苦労をかって行う。

 自分でなければ、この艦が動かせないというある種のプライドと独占欲で船を愛する心が出来ていた。

 制限の多いこの<くおしお>で航空隊から一度も見つからなかったり、対抗演習で水上艦を返り討ちにしたり、米軍との対抗演習で最新のヴァージニア級を五回も沈めたり、第七艦隊の演習参加艦艇を全滅させたりした。

 一般には報道されないが日米の海軍関係者を驚かせるような成果を、縛りプレイのような制約のある通常動力型潜水艦で、尖った性能を使って成し遂げた自信もあって、速水は<くろしお>が好きだった。

 勿論、原潜が欲しいが、同時に<くろしお>を愛している事に変わりはない。

 二つの気持ちが併存しているのだ。


「副長、充電完了しました」

「ディーゼル停止! 吸気弁閉鎖!」

「ディーゼルエンジン停止!」

「吸気弁閉鎖確認!」

「潜航せよ! トリムダウン五」


 幹部の確認報告――潜水に関する作業は乗員の操作と幹部の確認が全て義務づけられている。

 幹部の確認報告を聞いて副長は命じた。


「宜候、トリムダウン五」


 緊張を強いられる充電作業が終わり、すぐさま潜航を命じた。

 危険な海面近くにいる時間は可能な限り短くしたい。

 操舵手がジョイスティックを前に倒し艦は前に傾き、徐々に艦は下がっていく。

 <くろしお>は再び深海へ潜っていった。


「深度二〇〇で固定。会合時間に近い、急がないと遅れるぞ。五分前行動だ。僚艦がやってくる前に到着するよう急ぐぞ。速力10ノット、針路315」

「宜候」

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