原潜欲しい
色々とストレスが出てきたついでに、自分の不満、原潜欲求も速水は漏らした。
安全な海域に出たとはいえシュノーケル航行中は充電の為に海面近くを航行しなければならない。
それも充電が終わるまで何時間も。
勿論、誰かが、例え商船が来ても潜って逃げれば良い。
だが、それは充電が不十分なまま切り上げることを意味する。
潜行中に電力不足に陥ることになりかねず、通常動力型潜水艦では死を意味する。
だが充電の為に浮上する事は、相手に発見される危険と接触する危険と隣り合わせだ。
透明度が高い海域だと充電中上空から航空機で発見されてしまう。
高知沖の太平洋で貨物船と接触事故を起こしたのもシュノーケルで充電中に行ったからだろう。
専守防衛の日本において原潜は攻撃的であり原子炉を搭載していて危険であるから不要、通常動力型潜水艦で十分、などという言説がある。
だが、こんな危険な状況、充電のために発見されたり、他の船と接触したりする危険を哨戒中、始終強いられる状況を理解して貰いたい。
原子力潜水艦は確かにタービン音や冷却ポンプがうるさいので静粛性では通常動力型潜水艦に劣る、という点は確かに正しい。
しかし近年は自然対流型のポンプを使わず冷却する方式に変わっているし、タービンも防振技術の向上で静かになっている。
通常動力型潜水艦の場合、モーターで動くときは静かだが、充電中、ティーゼルエンジンを動かしているとやはり五月蠅い。
静粛化の技術――ティーゼルエンジンを防振台の上に載せたり、ティーゼルエンジンを載せている甲板自体を緩衝ゴムに乗せて振動を抑える工夫をしているが限界はあり音が出る。
度々充電の為に潜水艦の秘匿性を台無しにする騒音を発生させるのは潜水艦の性能を損なう。
アメリカ海軍との対抗演習でアメリカの攻撃型原潜と対戦する事があるが年々静かになっていて捕らえにくくなっているのを感じる速水としては原潜も通常動力型潜水艦と変わらなくなっている。
核ミサイルを搭載する戦略原潜など、核攻撃に対する反撃用として特に秘匿性、敵の先制攻撃で見つかって撃沈されないように、見つからないように運用されている上、静かで発見するのも困難だ。
充電の為に浮上する必要の無い原潜の配備は海自潜水艦隊総員の切なる願いだ。
特に、東京湾という史上希に見る交通量の多い海域の哨戒では充電の為の浮上などひっきりなしに商船が来るため難しい。
先ほどの当直で充電が出来なかったのも致し方ない。
横須賀という日本最大、米軍の重要拠点を監視するため各国の潜水艦がやってくるのを追い払うため、速水達潜水艦は日夜、東京湾近くに張り付いている。
その任務が重要なのは分かるが、充電が制限される環境に置かれたくない。
充電の為に商船の居ない海域へいちいち行っていては、東京湾から離れてしまい、それでは任務が達成出来ない。
偵察の機会を狙っている各国の潜水艦が湾口周辺海域に侵入しかねない。
さすがに湾口を塞がれたら脱出出来ないので東京湾へ侵入する事はあり得ないが、十分あり得る事態だし、そうなったら最大の失態だ。
かといって充電しないわけにはいかないし、危険な海域で潜望鏡深度まで浮上する事も無理だ。
<なだしお>のような事故を起こせば、好転している自衛隊への国民感情は悪化してしまう。
潜水艦隊廃止など言い出されかねない。
「本当に制約が多い」
このことを、充電が必要で頻繁に浮上していることを、それが必要でありながらどんなに危険で制約の多いことかを原潜不要論者は知っているのだろうか。
いや、知らないだろう。
兎に角声高に叫ぶことが重要、いや生きがいとしている人間であって真実などどうでも良いのだ。
自分が声高に主張し、世の中をよくしている、と思い込みたいが為に適当な問題について話したいだけで、原潜不要論はたまたま選ばれただけではないか。
反対者と議論をしたことがあるが、話がかみ合わないことが多々あり、こう思わざるを得ない。
確かに、核兵器並みの高い濃縮ウランを使うが、燃料交換のサイクルを40年に引き上げるためだ。
さすがに原子炉でも核燃料、ウランは徐々に減っていく。
通常の原子力発電でも一年か二年程度で燃料を交換するがこれはウランの含有量が低いためだ。
核兵器への転用を警戒してのことでやむをえないが、交換を前提に設計されている陸の原子力発電所だから出来る事だ。
だが、潜水艦は違う。
深い海に潜るために完全な密閉容器になっており、簡単に取り出せない。
古い米原子力推進艦は就役して20年立つと船体を切断して原子炉を取り出し、燃料棒の交換を行っていたのだ。
無茶と思われるかもしれないが、実際無茶だ。
強度が必要な軍艦に切れ目を入れるのだ。最後に繋げるとはいえ、切断箇所の強度低下は免れない。
だが最近の原子炉搭載艦はウランの濃縮を高める事で40年サイクル、事実上、就役から退役まで燃料交換不要を実現した。
船体切断に伴う強度低下はないし、燃料交換のためのドック入り、一年から二年作戦行動不能となる事も無い。
そして、近年脅威が増す中国海軍の監視、特に海南島周辺の哨戒で長期間滞在することとなれば尚更だ。
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