サイレントサービス――潜水艦隊

「そうだ副長」


 食事を待っていると艦長が速水に話しかけてきた。


「この前の対抗演習の相手、厚木航空隊から文句が来ていたぞ」


「どうしたんですか?」


 練度を維持するため哨戒中、単艦でも訓練をするが、時折、陸上の航空隊と演習をする。

 特に航空隊にとっては標的である潜水艦を見つけるための格好の訓練であり、年に幾つも対抗演習が設定され、対潜哨戒機の標的役に潜水艦は指定される。

 この前も厚木の航空隊との演習があり、その時は艦長が副長である速水に指揮を任せた。


「連中俺たちを一切探知出来なかった。だから指定された演習海域から俺たちが逃げていたんじゃないか、と言っている」


「馬鹿な」


 航空隊の言い分に副長は呆れた。


「我々はキチンと指定された海域にいましたよ。一歩たりとも出ていません」


 演習では指定された海域に潜み隠れる。

 潜水艦の特徴は隠密性による偏在性――何処にでもいるし、いないかもしれない。

 だが居ないと証明出来ない以上、潜水艦が居ると想定して敵を警戒させるのが潜水艦の任務であり存在意義だ。

 だから潜水艦の位置情報は極秘であり、通常なら位置を特定されること事態、入港など最小限の範囲で済ませなければならない。

 それでも演習の命令であれば赴かなければならないし、命令されたからにはきっちりとやり遂げる。

 あのときも指定された海域に<くろしお>はいた。


「連中が見つけられなかっただけでしょう」


 だが、副長の指揮で<くろしお>は、隠れ続け哨戒機は見つけられなかった。


「連中、正式に抗議すると息巻いているぞ」


「報告書は出したんですがね」


 演習後のこと、報告書を纏めたときのことを速水は思い出した。

 航海記録、航跡図、日誌、付近を航行していた一般商船を探知した場所の記録、潜望鏡で撮影した対潜哨戒機の機影写真などがあるので指定海域にいたことは証明できる。

 第一、対潜哨戒機に積まれている磁気探知機も万全じゃない。

 地球の磁力に垂直になるように艦を向ければ探知は難しいし、深く潜ると性能が落ちる。

 哨戒機から逃れるのは不可能ではない。


「連中新型機の性能に頼りすぎですよ」


 そもそも、潜水艦がどこに居るか推理する能力がない。

 潜水艦が何処に隠れやすいか、潜んでいるか、隠れようとするか、を航空隊は知らない。

 そのため推測する事が出来ず、飛行機で高速で移動出来るからと手当たり次第に海面を飛び回るだけだ。

 これではじっと潜む潜水艦の上空を、さっと飛び去ってしまい、センサーの僅かな変化も見逃す。

 息を潜めて隠れる潜水艦を見つける事など出来ない。

 目星を付ける勘の良さと、その地点を何度も往復する粘り強さが必要だ。

 おまけに航空隊の連中はがさつだ。

 出力された航跡図をそのまま添付して送ってくる。

 こっちは、当直の合間に可能な限り、時刻を記入したり、データを纏めたりして分かりやすくして訓練報告書を提出しているのに航空隊の連中は見もしない。

 幾ら潜水艦隊の英語名がサイレントサービスといってもサービスしすぎだと思う。


「そりゃそうだな」


 艦長は破顔して続けた。


「まあ、色々言いたいことはあるだろうが、でんと構えていろ。提出した報告書は読まれているよ」


「ありがとうございます」


 艦長に褒められた直後、食事が出てきた。

 ステーキだ。

 昔から潜水艦は良い物が食える。

 ストレスが半端ではないし、生活が不規則なため睡眠不足に陥りやすく、高カロリーの食事が支給される。

 そして、当直が入り組んでいるため、起き抜けにステーキの出る食事時間と重なることもある。

 胃がもたれそうと思いながらも、副長は食事を全て平らげた。


「ご馳走さん」


 副長は食器を厨房に返すと、当直交代の為に発令所に向かった。


「俺も作業が終わったし、指が疲れたから帰るか」


 艦長も皮むきを終えたので部屋に戻っていく。

 速水は艦長の後に続いて食堂を出る。

 艦長は食堂を出てすぐ右にある艦長室へ薄いカーテンをめくって入っていった。

 いつも通り扉を閉める音は、なかった。

 海自潜水艦艦長の中には、異常事態にすぐに飛び出せるよう、異変を聞き逃さないために扉を閉めない人が多い。

 深谷二佐もその類いであり、恐らく発令所の会話も筒抜けだろう。

 下手な指揮はとれないな、と速水は思った。


 しかし、艦長も気が休まらないのではないかと思う。

 だが、艦長以上の能力を発揮出来ないのが潜水艦だ。

 水上艦と違い潜水艦は単独航行が基本。

 護衛艦なら艦隊を組んで複数の艦の連携で何とかなる事もある。

 だが、潜水艦は単独のため自分で決断し、問題が起きたら潜水艦の中で解決しなければならない。

 任務が達成出来るかどうか、能力を十全に発揮出来るか、無事に寄港出来るかは、艦長次第。

 <くろしお>の責任者として気が休まる瞬間など訪れないのだろう。

 速水も、いずれ艦長に任命されるであろうし、艦長職は速水の目標だ。

 職務を十全に全う出来るよう色々と勉強させて貰い、深谷二佐を見習わせて貰おうと思っている。

 ただ、中々深谷二佐が指揮を執る姿が見えない。

 「副長任せた」といって指揮を任せることが多く、自身の勉強にはなる。

 だが手本がなく、特に講評を行わないので正しいのか間違っているのか、不安なのが速水の悩みだ。

 ただ、そんな悩みは艦長室の前にある発令所に入った瞬間、当直交代と共に速水は忘れ去った。


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