第11話 これが私の無忘録です。

 緑色をした二機の旧型ロボットが、シキドさんの家の扉に触れていました。

 外部コンソールにアクセスして分厚いシェルタードアのロックを解除している最中です。

 これから、シキドさんの家の扉を無理やり開きます。

 私はというと、屋根に灰が詰まっていく様子を眺めていました。


「ルルイエちゃん」

「ルル」


 アナスターシャとチルチルが駆けつけてきました。

 ふたりとも、リュックは背負っていません。配達のときのお決まりのウエイトレスの制服も着ていません。

 それは私も同様です。きょうは、仕事ではないのです。


「今回は、この家の人間さん?」

「はい」

「敷戸(シキド) レイ……これが前にルルイエちゃんが言っていた、アップルパイの?」


 表札をみて聞いてくるアナスターシャに、私はうなずきました。

 ピココ、と音がします。ロックが解除できた報せです。


「開きまシタ」

「それでは、お願いします」

「了解しまシタ。作業に移りマス」


 緑色のロボットは、この町のお掃除ロボットと並んで大切な役割を持っています。

 彼らは、お葬式ロボットと呼ばれています。

 私たちが連絡先を持っており、電話をかけると指定の場所まで来てくれます。

 そしてシェルターのなかで亡くなった人間さんを回収してくれるのです。

 お葬式ロボットが扉を開けてくれます。私は、徐々に開いていく隙間に目が奪われてしまっていました。


「ルル」


 口を真一文字に結んだチルチルが、手を伸ばしてきます。

 私は無言でその手を取りました。

 アナスターシャは、もう一方の手を握ってくれます。

 私たちは三人並んで、シキドさんの家が開くのをじっとみていました。


 シキドさんの返事がなくなって、丸一週間が経ちました。

 なんどたずねても返答がないのです。

 それはつまり、そういうことです。

 べつに、初めてのことではありません。私はただ、パントリーの通話機を手に取りました。


 シキドさんのお宅は、とてもシンプルな構造をしていました。

 お年を召された女性のひとり暮らしという感じがします。

 扉を開けてすぐにリビングがあり、バーチャルテレビがあり、机の上には空のランチボックスが置いてありました。

 搬入口の傍には、前に私が入れておいたランチボックスとアップルパイが、手つかずのまま置いてありました。


 シキドさんは、隅のベッドに横たわっていました。

 シキドさんの姿を、はじめてみました。窓越しに姿をみせてくれる人間さんは多いですが、シキドさんはずっと扉越しの会話だけに終始していたからです。

 髪はすべて白髪で、くるりと巻いてありました。小柄なおばあさんです。

 まるで眠っているかのようでした。

 お葬式ロボットがシキドさんの胸元に手を当てます。

 それから、ぺこりと頭を下げました。

 どうやら、亡くなっているようです。


「お連れしマス」


 お葬式ロボットたちが、すぐさまシキドさんを運んでいきます。

 私たちはそれを見送りました。

 シキドさんはこれから、パントリーとは反対方面にある葬儀場で火葬されます。

 それで、おしまいです。

 私たちは、亡くなった人間さんのその後のシンプルさをよく知っています。


 博士は、私たちに極力制限を課さないようにしました。

 それは、私たちはあらゆる価値判断と行動選択を、自分たちの自由意志でおこなってほしいと博士が望んだからです。

 その結果として、私たちにプログラム上、禁じられている行動というのはありません。

 原理上、私たちはなにをするのも自由です。

 代わりに、博士はいくつかの少ないルールを口で言って聞かせました。


「いいかい? きみたち。人間の葬式だけはしちゃいけないよ。それは、きみたちとは違う単調なロボットに任せることにするから」


 めずらしく、チルチルが博士に質問しました。


「それはどうして? 博士。あたし、できればお葬式したいわ」

「答えは簡単だよ、チルチル。きみたちが背負うには重すぎるからだ。人類は滅亡ちゅうとはいえ、この町にはまだ少なからぬ人間がいる。彼らの死を全部受け止めるのは、私が禁ずるよ。いいね?」


 そのとき、チルチルがとても複雑そうな顔をしていたのをよく覚えています。

 だれよりも情の厚いチルチルは、かかわりを持ったすべての人間さんを弔うことを望んでいたからでしょう。

 そのルールを踏まえて、わたしたちが自分たちに許したのは、お葬式ロボットが人間さんの遺体を回収するところはみてもよい、ということです。

 さらには、それを『ひとりではみないこと』と決めました。

 これはとてもいい着地点だったように思います。ゼロでも百でもない、ちょうど真ん中のかかわりかたができるからです。


 だからこそ、このとき私はじっと耐えることができたのだと思います。

 ひとりじゃなかったから。ふたりがいてくれたから、耐えることができました。

 チルチルがぎゅっと手を強く握ります。私はそれに返しました。

 しばらく、全員が黙っていました。


「ランチボックスを回収しちゃいましょうか」


 沈黙を破ったのは、アナスターシャでした。

 アナスターシャはこういうとき、つとめて明るい声を出します。

 彼女は、机の上にある空のランチボックスをリュックのなかに詰めていきます。


 私は、シキドさんの家の内装を見渡しました。

 随分と長い間、この場所でひとりの時間を過ごしていたのでしょう。窓はろくに拭き掃除もされていないようでした。

 でも、その前には外の景色を眺めるための揺り椅子が置いてあります。

 外はみたいけど、あまり鮮明にみたくない。そんなシキドさんの思考が透けているようでした。

 外に降り積もる灰を眺めながら、ひと吸いで命に支障をきたす、目にはみえないウイルスに、彼女はどのような思いを馳せていたのでしょうか。


「ルルイエ。……これ」


 チルチルが私にランチボックスを渡してくれます。

 手つかずのアップルパイは、どっしりと重たいです。

 食べられなくなったわけではありません。ゴハンモドキには保存料をどばどば使用しているので一週間やそこらではダメにはならないのです。


「どうしましょうかねえ、アップルパイ」

「ほかの人間さんにプレゼントする?」


 人間さん好みの味に調整したつもりなので、私たちは食べられません。

 チルチルの言う通り、どなたかに差し上げたほうがいいような気がします。

 

「でも、亡くなった人間さんとともに過ごしたアップルパイは気味悪がられるかもしれないわねえ」

「そうなのですか? 同じ人間さんなのに」

「うふふ、わたしもそう思うけどね。でも、そういうものなのよ、人間さんたちは」


 アナスターシャは、私よりも人間さんたちについてよく理解しています。

 なので、彼女が言うのならそうなのでしょう。

 まあ、悪い子の私は(そんなの黙っていればいいじゃないですか)と思う部分もあるのですが、人間さんたちが嫌なことをするわけにはいきません。


 そのとき、私は頭にいい案が浮かびました。われながら優秀な回路です。


「あの、提案なのですが」

「ねえ、思ったんだけど」


 しかし私が口にすると同時に、チルチルも言葉を重ねました。

 私たちは互いに目を合わせます。

 そうするとどういうわけか、考えが同じであることがわかりました。


「奇遇ね、ルルイエ」

「そうですね、チルチル」


 私は、ちょっと不満です。

 私の演算チップはチルチルよりも高性能なはずなのですが……


「なに? なんなの?」


 アナスターシャが当惑します。


「アナスターシャ。このアップルパイを持って、行きたいところがあります。ついてきてくれますか?」

「今日は全員オフでしょ? ひさびさにみんなでお散歩と行くわよ!」


 チルチルが先導して向かいます。

 私は、アップルパイを崩さないように大切に持ってついていきました。

 アナスターシャも、首を傾げながら続きます。


 シキドさんの家を出るとき、私は家に向かってぺこりと頭を下げました。

 そうするだけに留めました。


 それでも私の記憶メモリは優秀なので、けして忘れることはないのです。

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